父親が初めて面談に来た日|家族が変わる瞬間を、児童精神科の病棟で見てきた話【体験談】

面談室で書類を手に説明する白衣の女性と、向かいのソファに座るスーツ姿の父親。父親が初めて面談に来た場面のイメージ 児童思春期精神科の現場から

この記事の要点

  • 面談に来ない父親の多くは無関心ではなく、関わり方が分からずにいる
  • 「来てほしい」とはっきり言葉にするだけで動く家庭は多い
  • 面談では発言できなくてよい。同席したという事実が子どもに届く
  • 来てくれた日は、遅さを責めずに「ありがとう」だけを伝える
  • 大切なのは父親という属性ではなく、子どもを見る大人が複数いること

児童思春期精神科の病棟で働いていると、家族面談に来るのが母親一人、という場面によく出会います。父親は仕事で来られない。あるいは、来ようとしない。そのまま入院期間が終わる家族も少なくありません。

私は2018年4月から看護師として勤務し(2か月のブランクあり)、2021年4月から児童思春期精神科病棟で働いています。この記事では、ある父親が初めて面談室に来た日のことと、そこから見えてきたことを書きます。

※以下のエピソードは、個人が特定できないよう複数のケースを合成し、状況を抽象化しています。

面談に来るのは、いつも母親一人だった

学校に行けなくなり、食事も摂れなくなって入院した中学生がいました。入院当初から、面談に来るのはいつもお母さんでした。お父さんは会社で管理職をしていて、平日はまず動けない。「主人は仕事があって」「子どもの話になると黙ってしまって」と、お母さんが一人で家族の状況を説明してくれていました。

お母さんは気丈な方でした。涙を見せたのは入院から3週間ほど経った日です。「私が何とかしなきゃと思ってきたんですけど、もう、何が正解か分からなくて」。その一言に、それまで抱えてきた重さが全部入っていました。

本人のほうも、お母さんの前では明るく振る舞っていました。面会が終わって部屋に戻ると、静かに泣いている。理由を聞くと「お母さんに心配かけたくないから」と答えました。母子が互いを気遣って、両方が疲れていく。この構図は、現場でよく見ます。

「来ない父親」に多い3つの背景

先に書いておきたいのは、来ない父親が無関心とは限らないということです。病棟でお父さんたちと話してみると、理由はだいたい3つに分かれます。

1. 仕事を抜けられない

最も多いパターンです。自分が抜けたら現場が止まる、家族のために働いているのだから休むわけにいかない。行きたくないのではなく、行けないと感じている。このタイプの方は、板挟みの中で相当疲れていることが多いです。

2. どう関わればいいか分からない

思春期の子との距離感がつかめない。母親のほうはどんどん詳しくなるのに、自分は状況を把握できていない。面談に行っても何を言えばいいのか分からない。あるお父さんは後になって、「面談は、父親としてきちんと発言しないといけない場所だと思っていた。何を言えばいいか分からなくて、行くのが怖かった」と話してくれました。

3. 「自分が行っても」と諦めている

過去に何かしようとして、うまくいかなかった経験がある。母親のほうが分かっているのだから、自分が出ていけば邪魔になる。外から見ると無関心に見えますが、話すとそうではありません。気にかけてはいるけれど、その気持ちを出す場所を見つけられずにいるだけ、ということが多いです。

雨の午後、その人は面談室に現れた

入院から1ヶ月ほど経った日のことです。お母さんが先に到着し、落ち着かない様子で待合にいました。「今日、主人も来ます」。小さな声でしたが、はっきりとそう言われました。

約束の時間から15分ほど遅れて、スーツ姿のお父さんが息を切らして面談室に入ってきました。最初は言葉が少なく、質問にも「はい」「そうですね」と短く返すだけ。沈黙が何度も流れて、どこから話をほぐせばいいのか、私たちも迷っていました。

終盤、主治医が聞きました。「お父さんから見て、最近のお子さんはどんな様子でしたか」。お父さんは少し間を置いてから、絞り出すように言いました。「最近、目を合わせなくなって。前は朝『行ってくるよ』と言うと『いってらっしゃい』と返してくれたのが、返事がなくて」。そこで言葉が詰まりました。

隣でお母さんが静かに涙を流していました。「主人、そんなふうに見てたんだ」。その呟きを、今でも覚えています。

その日、変わった3つのこと

面談室を出るとき、主治医がお父さんに伝えました。「今日ここに来てくださったことは、お子さんに伝わります。言葉にしなくて大丈夫です。いらっしゃったという事実だけで、今は十分です」。

その夜、お父さんは病室に立ち寄り、短く言葉を交わして帰りました。翌朝、担当の看護師が教えてくれました。「昨日の夜、あの子ちょっと笑ったんですよ。お父さんが帰り際に『また来るわ』と言ったとき、『うん』って返事してました」。

  • 本人の表情——父親が見ていてくれると分かった安心感
  • 母親の涙——一人で抱えていた重さを、初めて横に置けた瞬間
  • 父親の自覚——自分にもできる関わりがあると気づいた日

これで全部解決した、とは言えません。ただ、この日から家族が同じ方向を向いて歩き始めたのは確かでした。

退院してからのこと

退院後、お父さんは月1回の外来に必ず同席するようになりました。仕事の調整は簡単ではなかったはずですが、それを家族の予定としてカレンダーに入れたそうです。

お母さんは、以前より肩の力が抜けた表情を見せるようになりました。「主人に全部分かってもらえなくても、一緒に悩んでくれる人がいるだけで全然違います」。この言葉が、この記事で一番伝えたいことかもしれません。解決してくれる人ではなく、一緒に悩む人がいるかどうかです。

本人もゆっくり回復していきました。すぐ学校に戻れたわけではありません。短い外出を重ね、最終的に通信制という選択肢にたどり着き、自分の歩幅で進んでいると聞いています。

父親たちが口にした本音

病棟でお父さんたちから何度も聞いてきた言葉があります。関わらないように見える背景にある、言葉になりにくい不安です。

  • 自分が何か言うと、パートナーにダメ出しされそうで怖い
  • 状況を細かく知らないから、浅いことしか言えない
  • 「父親らしいこと」が何なのか、実は分かっていない
  • 自分の親が関わってこなかったので、モデルがない
  • 仕事で評価される軸が通用しない場で、どう振る舞えばいいか分からない

関わらないのではなく、関わり方が分からない。この差は大きいと思っています。前者なら伝わらないままですが、後者なら入口さえあれば動きます。

来てもらうために、伝え方を少し変える

ここからは実用的な話です。父親が面談に来られた家庭に共通していた、母親側の工夫をまとめます。母親側の努力不足という話ではまったくなく、伝え方の選択肢として読んでください。

  • 「来てほしい」と言葉にする——先回りして諦めているうちに、相手は「来なくていいと思われている」と受け取っていることがあります
  • 面談の目的を短く伝える——「これからどう関わるかを主治医と考える時間」程度で十分。責められる場ではないと分かるとハードルが下がります
  • 候補日を2つ出す——「いつでも合わせて」より「この日とこの日、どっちが行けそう?」のほうが答えやすくなります
  • 「分からないままで行っていい」と伝える——きちんと答えなければという緊張を、先に外しておきます
  • 来た日は、遅さを責めない——「もっと早く来てほしかった」は次を遠ざけます。まず「ありがとう」だけを伝えます

声のかけ方に迷ったときは、「大丈夫?」の言い換え方も参考になるかもしれません。

関わりの小さな一歩

父親側が何から始めればいいか。病棟で家族と相談して決めてきた例を挙げます。どれも小さなことです。

  • 通院の送迎だけ担当する——診察室に入らなくても、待合で待っているだけで伝わります。帰りの車の会話も時間になります
  • 家事を一つだけ引き受ける——ゴミ出しでも週末の夕食でも、継続できるものを一つ決める
  • 軽い会話を1日1回——深い話でなくて構いません。「今日何食べた?」で十分です
  • 夫婦で子どもの話をする15分——解決策を出す時間ではなく、様子を共有するだけの時間にします

いきなり深い対話をしようとすると、たいてい空回りします。回数の少ない大きな関わりより、小さくても続く関わりのほうが、子どもには届きます。

父親自身も消耗している

子どもの不調を支える父親自身も、強い負荷の中にいます。「動じてはいけない」「弱音を吐いてはいけない」と自分の感情を押し殺す方は多く、それが続くと静かに疲弊していきます。

夜中に目が覚める、飲酒量が増えた、仕事に集中できない、家にいる時間が苦痛になる。こうした変化が出ているなら休息が必要です。信頼できる相手に話す、必要なら受診する、休む時間を確保する。倒れる前に休むのは、仕事と同じです。詳しくは父親も「子どもの心」に疲れていい保護者のメンタルヘルスにまとめています。

家族の形はひとつではない

ここまで書いてきたのは、父親と母親が揃っている家庭の一例にすぎません。ひとり親の家庭、同性のパートナーで子育てをしている家庭、祖父母が養育者の家庭、ステップファミリー、里親の家庭。現場ではさまざまな形に出会います。

「父親が関われば家族が変わる」という話は、「父親がいない家族は変われない」という意味ではまったくありません。大事なのは父親という属性ではなく、その子を一緒に見てくれる大人が複数いる状態をどう作るかです。

もう一人の大人は、同居の家族でなくても構いません。別居の親族、長く関わってきた支援者、学校の先生、担当の相談員。単身赴任なら電話やビデオ通話でも接点は作れますし、離れて暮らす親でも、いざというときに応答する存在でいることはできます。緩やかにつながる複数の大人がいることが、子どもの回復を支える土台になります。

よくある質問

Q1. 「来て」と伝えても断られます

一度で決着させようとせず、日程が決まるたびに事実として伝え続けてください。断られ続けても、状況を知らされていることには意味があります。急変や退院の話し合いなど、節目の場面から参加してもらう形もあります。

Q2. 面談で父親は何を話せばいいのですか

話さなくて構いません。聞いているだけで十分です。何か話すとしたら、家での様子で気づいたことを一つだけで足ります。立派な意見を求められる場ではありません。

Q3. 子どもが父親を強く拒否しています

無理に会おうとせず、距離を保ったまま関わる方法に切り替えます。通院の送迎、家事の分担、母親を支えること。直接会わない形の関わりでも、本人には伝わります。拒否が強い場合は、医療者や学校を間に入れて進め方を相談してください。

Q4. 単身赴任で物理的に行けません

月1回の電話やビデオ通話、長期休みに合わせた帰省、節目の面談への参加。接点を意識して作れば、離れていても関われます。距離があることが、気持ちの距離になってしまわない工夫が要ります。

Q5. ひとり親です。もう一人の大人をどう見つければ?

血縁である必要はありません。別居の祖父母、信頼できる親族、スクールカウンセラー、児童相談所や自治体の担当者、長く関わってくれる支援者。複数の大人が緩やかにつながる状態を作れれば、それがチームになります。

今夜これだけ

次の面談や通院の日付を、パートナーに一度だけ伝えてみてください。来られるかどうかは横に置いて、「知らせた」という事実から始まることがあります。

看護師視点でのまとめ

あの日、お父さんは面談でほとんど話しませんでした。それでも子どもの表情は変わりました。子どもが見ているのは、立派な言葉ではなく、来たか来なかったかという事実のほうです。

もし今、一人で抱えている感覚があるなら、隣に立ってくれる大人を一人でも増やすことを考えてみてください。全部を分かってもらう必要はありません。一緒に悩んでくれる人がいるだけで、家族の重さは変わります。

参考にした公的情報・一次情報

記事内の制度・相談先・健康情報は、以下を2026年8月15日に確認しています。

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【医療に関する免責事項】

本記事は、児童思春期精神科での看護経験に基づいた一般的な情報提供を目的としています。医療行為・診断・治療の代わりとなるものではありません。お子さんの心身の状態にご不安がある場合は、必ず主治医・かかりつけ医・スクールカウンセラー・地域の相談窓口など、お子さまを直接見ることのできる専門家にご相談ください。詳細は免責事項をご確認ください。

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出典:厚生労働省「まもろうよ こころ」(2026年7月確認)
児童思春期精神科の現場から
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