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この記事の要点
- ゲームは取り上げる前に「教えてもらう」と関係が変わる
- ゲームの中には、現実で見えにくい子どもの強みが表れる
- 好きな世界を否定しないことが、会話の入り口になる
- 心配なときは生活への影響を軸に、抱え込まず相談を
正直に告白すると、私はもともと「ゲームばかりして」と眉をひそめる側の人間でした。看護師になりたての頃、休憩室で同僚が話すゲームの話題にもついていけず、どこかで「時間を溶かすだけの娯楽」と決めつけていた気がします。子どもがゲームに没頭していると聞けば、まず「やめさせる方法」を考える。それが正しい大人の役割だと、疑いもしていませんでした。
その考えを変えてくれたのは、本や研修ではなく、児童思春期精神科の病棟で出会った子どもたちでした。私は2018年4月から看護師として勤務し(2か月のブランクあり)、2021年4月から児童思春期精神科病棟で働いてきましたが、この間に「ゲーム」という言葉の意味が、自分の中でまるごと入れ替わったように思います。今日はノウハウではなく、その入れ替わりの過程を、一人の子との出会いを軸にしたエッセイとして書いてみます。
読み終わったときに、「今夜、子どもに聞いてみたいことが1つできた」と思ってもらえたら、それで十分です。ゲームがすべて良いという話ではありません。それでも、禁止する前にできることがある、という話です。
※本記事のエピソードは、個人が特定できないよう複数のケースを合成し、状況を抽象化しています。
言葉より先に、コントローラーを差し出してくれた子
何を聞いても「別に」だった日々
その子は、思春期の入り口くらいの年代で入院してきました。学校に行けなくなって長く、家でもほとんど話さなくなっていたと聞いていました。入院当初、私が受け持ちとして挨拶に行っても、視線はこちらに向きません。「眠れてる?」「別に」。「ごはんはどう?」「普通」。会話は毎回、二往復ももたずに終わりました。
無理もないと思います。その子からすれば、私は「また何か聞き出そうとしてくる大人」の一人です。学校のこと、家のこと、これからのこと。大人たちは皆、その子が一番触れられたくない場所ばかりをノックしてきたのでしょう。だから口を閉ざすのは、その子なりの正当な防衛でした。頭では分かっていても、受け持ちとして関係の糸口が見つからないのは、正直つらい時期でした。
転機は、病棟のデイルームでした。決められた時間に子どもたちがゲームで遊べる時間があり、その子は協力プレイのできる冒険もののゲームを、いつも一人で黙々とやっていました。私はある日、業務の合間にその後ろに立ち、画面を眺めていました。何か言おうとして、何も言えずにいたのだと思います。
差し出された、2つ目のコントローラー
すると、その子がふいに手を伸ばして、隣に置いてあった2つ目のコントローラーを、こちらに突き出したのです。目は画面に向いたまま、言葉はありません。「やる?」でも「一緒にどう?」でもない。ただ、コントローラーだけがこちらに差し出されている。私は一瞬フリーズしてから、「……いいの?」と受け取りました。それが、その子と私の最初のまともなコミュニケーションでした。
お恥ずかしい話ですが、私はそのゲームがまるでできませんでした。操作を間違えて崖から落ち、敵に囲まれて何度もやられました。すると、それまで「別に」しか言わなかったその子が、「違う、そっちじゃない」「先にこっちを取るんだよ」と、次々に言葉を発したのです。入院してから聞いた中で、一番長い言葉でした。
後で振り返って気づいたのですが、あの場面で私が「勤務中だから」と断っていたら、あるいは受け取ってすぐ「ところで学校のことだけど」と本題に切り替えていたら、あの糸は切れていたと思います。子どもが差し出してくれるものは、たいてい一度きりの試験です。この大人は、自分の世界を茶化さずに受け取るのか。値踏みされていたのは、私のほうでした。
その日から、私たちの間には「ゲームの時間」という共通の場所ができました。私が下手なままなのが、かえって良かったのだと思います。教える側と教わる側が、普段の病棟とは逆転する。その子は先生で、私は出来の悪い生徒。この逆転の中でなら、その子は安心して声を出せたのです。
会話は、画面の中から外へ
不思議なもので、ゲームの中で交わせる言葉が増えると、ゲームの外の言葉も少しずつ増えていきました。「昨日あの続きやった?」から始まった会話が、「夜あんまり眠れなくてさ」に繋がる。攻略の相談のついでに、「学校って、行かなきゃだめかな」とぽつりとこぼれる。大事な話は、いつも本題として切り出されるのではなく、ゲームの話の「ついで」にやってきました。
向かい合って「さあ話そう」と構えると出てこない言葉が、同じ画面を横並びで見ていると、するりと出てくる。これは病棟で何度も目にしてきた光景です。視線がぶつからない、沈黙が気まずくない、いつでも話を打ち切れる。ゲームは、話すことが怖い子にとって、とても安全な「隣に座るための口実」なのだと思います。
ゲームの中に見えた、その子の力
一緒にプレイするようになって驚いたのは、ゲームの中のその子が、カルテの中のその子とまるで別人だったことです。記録の上では「意欲低下」「対人交流の乏しさ」といった言葉が並ぶ子が、画面の前では段取りを組み、先を読み、私に指示を出し、失敗しても淡々とリトライしていました。
攻略を教えてくれるときの説明が、また見事でした。「まずここで装備を整えて、次にあっちのエリアで素材を集めて、それからボスに行く」。目標から逆算して手順を分解し、相手が分かる言葉で伝える。学校の勉強で言えば、計画立案とプレゼンテーションです。現実の世界では「何もできない」と本人が思い込んでいた力が、ゲームの中でははっきりと発揮されていました。
優しさも見えました。私が操作を間違えて全滅させてしまっても、その子は責めませんでした。「最初はみんなそうだから」と言って、もう一度同じ場面をやり直してくれる。自分が散々「どうしてできないの」と言われてきたはずの子が、できない相手にそういう言葉を選べる。その事実に、私は胸を突かれました。
私はこうした場面を、できるだけ具体的に記録し、カンファレンスでチームに共有するようにしていました。「計画を立てて実行する力がある」「相手に合わせて説明を組み立てられる」「失敗場面で相手を責めない」。ゲームの中で見えた力は、そのまま病棟での活動や、退院後の生活を組み立てるときのヒントになります。何ができないかの一覧よりも、どんな条件なら力が出るのかの一覧のほうが、支援の役に立つからです。
誤解のないように書いておくと、「ゲームが上手だから大丈夫」という話ではありません。そうではなく、ゲームという場が、その子の持っている力が見えやすい照明になっていた、ということです。力は元からその子の中にありました。ただ、学校や家庭という照明の下では影になって見えなかっただけです。だとすれば大人の仕事は、照明を消すことではなく、そこで見えた力に名前を付けて、少しずつ現実の側にも持ち出せるよう手伝うことなのだと思います。
「取り上げる対象」から「その子の世界」へ
この経験は、私のゲーム観を根本から変えました。それまでの私にとって、ゲームは「制限するもの」「取り上げるかどうかを検討するもの」でした。今は違います。ゲームはまず、「その子がどんな世界で生きているかを教えてもらう入り口」です。制限の話は、その後でいい。順番が逆だったのだと気づきました。
考えてみれば当たり前のことです。私たち大人だって、自分の好きなものを頭ごなしに「くだらない」と言う相手に、心を開こうとは思いません。趣味を馬鹿にされた瞬間、その人の前で本音を話す気は失せます。子どもも同じです。ゲームを「くだらないもの」として扱う大人は、その子の世界ごと「くだらない」と言っているのと同じように受け取られてしまう。
だから私は病棟で、新しく出会った子にはできるだけ「何のゲームやってるの?」「それ、どういうゲーム?」と教えてもらうところから始めるようになりました。上手に聞く必要はありません。私のように下手で無知なほうが、むしろ子どもは説明しがいがあるようです。「え、そんなことも知らないの?」と呆れられたら、しめたものです。呆れるという感情表出は、「別に」の何倍も、関係が動いている証拠だからです。
教えてもらうときのコツが1つだけあるとすれば、「尋問にしない」ことです。「何時間やったの」「宿題は終わったの」を挟んだ瞬間、それは会話ではなく取り調べになります。聞くのは中身のことだけ。「その敵、強いの?」「今どのへんまで進んだの?」。答えが返ってこなくても、関心を向けたという事実は子どもの中に残ります。種まきと同じで、芽が出るのは、たいていずっと後です。
もちろん、病棟でもゲームの時間には枠があります。無制限に良いという話ではなく、枠は枠として守りながら、その中身には敬意を払う。「時間は区切るけれど、あなたが好きなその世界そのものは否定しない」。この2つを分けて伝えられるようになったことが、私にとって一番大きな変化でした。
父親としての自分に、跳ね返ってきた問い
ここまでは看護師としての話ですが、この経験は家に帰った後の自分にも跳ね返ってきました。私も一人の父親です。わが子が夢中になっているものに対して、自分は同じ態度を取れているだろうか、と。
病棟では「まず教えてもらおう」と言っている自分が、家では、子どもが繰り返し見ている動画や、延々と続く同じ遊びに、内心「まだやってるのか」とうんざりした顔をしていないか。職業人としての自分と、親としての自分の間には、いつだって落差があります。その落差に気づかせてくれるのも、結局は子どもたちです。
親には親の事情があります。宿題は終わっていない、寝る時間は迫っている、明日の準備もできていない。そのタイミングで目に入る「夢中」は、どうしても敵に見えます。私は病棟であの子に出会って以来、イライラが湧いたときに一拍置いて、「自分は今、時間の心配をしているのか、それともこの子の好きな世界そのものを否定しようとしているのか」と自問するようになりました。前者なら交渉すればいい。後者になりかけていたら、危険信号です。
面白いもので、家庭で「教えてもらう側」に回ってみると、病棟での関わりにも深みが出ました。子どもの好きな世界に付き合うことが、どれだけ根気のいることか。仕事として枠のある時間だけ付き合う私と、毎日の生活の中で向き合い続ける親御さんとでは、負担がまるで違います。外来や面会で親御さんと話すとき、「よくここまで付き合ってこられましたね」という言葉が、以前より自然に出てくるようになりました。
いつもうまくできているとは言えません。それでも、「この子の夢中の中に、私がまだ知らないこの子の力が眠っているかもしれない」という視点を一度持ってしまうと、夢中を眺める目は、少しだけ柔らかくなります。それは看護師の技術ではなく、あの子がコントローラーごと私に手渡してくれたものだと思っています。
それでも、心配な親御さんへ
ここまで読んで、「きれいごとでは」と感じた方もいるかもしれません。その感覚は正しいと思います。実際、昼夜逆転して食事も取らず、課金トラブルを抱え、やめさせようとすると激しく荒れる。そういう深刻な状態のご家庭があることを、私は現場でよく知っています。ゲームとの付き合いがその子の生活や健康を明らかに壊しているなら、それは「見守りましょう」で済む段階ではありません。
目安として私がお伝えしているのは、ゲームの時間の長さそのものより、「生活の土台がどれだけ削られているか」を見ることです。睡眠、食事、入浴、人との最低限のやりとり。この土台が数週間単位で崩れ続けているなら、家庭内の努力だけで立て直そうとせず、スクールカウンセラーやかかりつけ医、児童精神科、自治体の相談窓口など、外の力を借りてほしいのです。相談は「大ごとにすること」ではなく、親子が消耗し切る前の安全策です。
もう1つ、親御さん自身のことも書かせてください。子どものゲームにイライラが止まらないとき、その裏には親自身の疲労が隠れていることがとても多いのです。仕事、家事、周囲の目、先の見えなさ。余力がないときの人間は、目の前の「夢中」を許せなくなります。子どもへの対応を変える前に、まず自分の睡眠と休息を確保する。回り道に見えて、これが一番の近道だったというご家庭を、私は何度も見てきました。
そして、深刻な段階であっても、「その子にとってゲームが唯一の居場所になっている」という事実だけは、取り上げる前に一度考えてみてほしいと思います。居場所を先に奪うと、子どもは居場所のない状態に落ちます。順番としては、現実の側に小さな安心を増やしながら、ゲームとの距離を医療や支援者と一緒に調整していく。時間はかかりますが、私が現場で見てきた立て直しは、おおむねその順番で進んでいきました。
今夜これだけ
今夜は、お子さんが好きなゲームの名前を1つだけ聞いてみてください。攻略の口出しも時間の説教もなしで、名前を教えてもらうだけで十分です。
まとめ|子どもの世界に、入れてもらうということ
看護の世界には「相手の世界を理解しようとする姿勢そのものがケアになる」という考え方があります。私はそれを、教科書ではなく、デイルームで差し出された2つ目のコントローラーから教わりました。あの子は私に遊び方を教えながら、実は「人を自分の世界に入れる」練習をしていたのかもしれません。そして私は、「子どもの世界に入れてもらう」練習をさせてもらっていました。
ゲームを禁止するかどうかで悩んだら、その前に一度だけ、教えてもらう側に回ってみてください。ルールの話は、その後からでも遅くありません。むしろ、世界を共有した後のルールの話し合いは、驚くほど通りが良くなります。「敵」だと思っていたものが、親子の共通言語になる瞬間を、私は病棟で何度も見てきました。
子どもの心の扉は、外から叩いても、なかなか開きません。けれど、子どもが自分から少しだけ開けてくれる瞬間があります。その隙間から差し出されるものが、言葉とは限らない。コントローラーかもしれないし、推しの話かもしれないし、描きかけの絵かもしれない。差し出されたら、下手でもいいから受け取る。私が2021年4月から児童思春期精神科病棟に携わる中で学んだことは、突き詰めればそれだけなのだと思います。
参考にした公的情報・一次情報
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