物を投げ自分も傷つけそうだった小学生Cさんの話|「鎮める」より「波に付き合う」を覚えた日【児童精神科看護師の体験談】

experience360 児童思春期精神科の現場から

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これは、児童思春期精神科の病棟で出会った、ある小学生のお子さまを通して教えてもらった話です。本人とご家族の特定を避けるため、年齢や性別、家庭背景の細部は変えてあります。また、特定のお子さまの単独エピソードではなく、複数の現場経験を再構成した「典型的なケース像」として読んでいただけると、より広く当てはめてもらえるはずです。

今日お伝えするのは、感情が爆発するように癇癪を繰り返していた、Cさん(仮)と過ごした時間のことです。物を投げ、自分の頭を叩き、声にならない叫びをあげる——そんな波の中で、新人だった私が学んだのは、「鎮める」ことではなく「波に付き合う」という、まるで逆向きの姿勢でした。

この記事は、現場でCさんから教わったこと、その後に出会った同じような苦しみを抱える数十人のお子さまとご家族から学んだことを、家庭でも応用できる形で整理したものです。読み終わるころには、お子さまの癇癪を「困った行動」ではなく「助けを求めるサイン」として捉え直すヒントが残るはずです。


  1. この記事を書いている私について
  2. 初めての癇癪に立ち会った日
  3. 癇癪が起きているとき、脳の中で何が起きているのか
  4. 「鎮めようとする」が、火に油を注ぐ
  5. 癇癪が引いたあとの「恥」と「自己嫌悪」
  6. 看護師として変えた、3つの関わり
    1. ①癇癪中は「待つ」、後から「振り返る」
    2. ②「悪い行動」と「本人」を分けて伝える
    3. ③きっかけを一緒に探す
  7. ご家族の「罪悪感」に伝えたいこと
  8. 発達段階別に見る、癇癪のかたち
    1. 幼児期(2〜5歳):「魔の2歳児」と感情の芽生え
    2. 小学校低学年(6〜8歳):規範意識と感情のせめぎ合い
    3. 小学校高学年(9〜12歳):自意識の高まりと「恥」の感情
    4. 中学生(13〜15歳):思春期と二次性徴の嵐
  9. 発達特性別に見る、癇癪の起こり方
    1. ASD(自閉スペクトラム症)傾向のあるお子さま
    2. ADHD(注意欠如・多動症)傾向のあるお子さま
    3. HSC(ひといちばい敏感な子)傾向のあるお子さま
  10. 家庭で意識したい「癇癪の前後」
    1. 癇癪の「前」
    2. 癇癪の「最中」
    3. 癇癪の「後」
  11. きょうだい児への配慮
  12. 家庭で使えるクールダウンの工夫
  13. 祖父母世代との温度差にどう向き合うか
  14. 夫婦間の温度差にどう向き合うか
  15. 受診・相談の目安
  16. 入院適応を考えるとき
  17. 学校・園との連携
  18. 親自身のセルフケア
  19. 長期戦を乗り切るための考え方
  20. Cさんとご家族のその後
  21. まとめ|「鎮める」より「波に付き合う」
  22. 同じ状況のご家族へ伝えたい3つのこと
    1. ①「波を抑える」より「波に付き合う」
    2. ②「安全」を優先する
    3. ③波の前後の関わりが鍵
  23. よくある質問(FAQ)
    1. Q0. 波が引いた後に使える「振り返りの質問」テンプレートはありますか?
    2. Q1. 物を壊された損害はどう考えればいい?
    3. Q2. 「ダメだよ」と叱ってはいけないの?
    4. Q3. きょうだいが「お兄ちゃんばっかりずるい」と言います
    5. Q4. 学校から「家庭で対応してください」と言われます
    6. Q5. 薬を勧められたらどうすればいい?
    7. Q6. 「死にたい」と言われたらどうすれば?
  24. 緊急時の連絡先
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  26. 著者プロフィール

この記事を書いている私について

星野レンと申します。看護師歴8年、うち児童思春期精神科の病棟で5年勤務。発達障害、不登校、思春期のメンタル不調を抱えるお子さまとご家族のケアに従事してきました。本記事は、複数の現場経験を再構成した体験談です。エピソード自体は実在の患者さまをそのまま描いたものではなく、現場で繰り返し見られる「パターン」を一人の人物像にまとめています。

癇癪は、児童思春期精神科の入院理由として非常に多い主訴の一つです。発達特性が背景にあるケース、家庭環境のストレスが積み重なったケース、本人の気質と環境のミスマッチで起こるケース——背景はさまざまですが、現場で接するご家族には共通点があります。それは、「私の育て方が悪かったのではないか」と自分を責めながら、それでも子どもを諦めずに通い続けていること。この記事は、そんなご家族に届くことを願って書きました。


初めての癇癪に立ち会った日

担当2日目、Cさんは病棟のデイルームで他の子と工作をしていました。「これ、貸して」と言われたペンを、Cさんがすぐに渡さなかった、その瞬間でした。相手の子が少しムッとした声で「ねえ早く」と急かした次の瞬間、Cさんの表情が一変しました。眉間に深いシワが刻まれ、口角がぐっと下がり、目が泳ぎ始める。それは「怒っている顔」というより、何かが自分の中で爆発する直前の、まるで防御反応のような顔でした。

次の瞬間、Cさんは近くにあったプラスチックコップを床に叩きつけました。続いて、自分の頭を両手で激しく叩き、声にならない叫びをあげながら、床にうずくまりました。机の脚に体をぶつけ、その痛みでさらに泣き、また自分の太ももを叩く——癇癪は、一つの動作で終わるのではなく、波のように何度も折り返しながら続きます。

新人看護師時代だった私は、頭が真っ白になりました。「止めなきゃ」「落ち着かせなきゃ」「言葉で説得しなきゃ」「他の子が怖がっているから早くなんとかしないと」——色々な使命感が一気に湧きました。手を伸ばしてCさんの腕を掴もうとした、その瞬間。その日一緒に勤務していた先輩看護師がそっと私の腕を制して言いました。「今は、何もしないで、そばにいるだけでいい」。

先輩は同時に、デイルームにいた他のお子さまを別の部屋にそっと誘導してくれました。「Cさんが今、苦しい時間を過ごしているから、別の場所でゆっくりしよう」と。誰も騒がず、誰も責めない。ただ、Cさんが安全に波を越えられる場所を、大人たちが整えていく。それが、後から振り返ると「現場の対応」の本質でした。

家庭でも、似た場面は起こります。お子さまが学校から帰ってきて宿題のことで叱られ、突然爆発する。きょうだいとのおもちゃの取り合いから物を投げる。買い物先で「これ買って」が通らず店内で寝転がる。場面は違っても、起こっている現象は同じです。感情が処理できる容量を超えたときに、行動として外に出てくる。それが癇癪です。


癇癪が起きているとき、脳の中で何が起きているのか

癇癪を「困った行動」ではなく「脳の状態」として理解すると、関わり方が変わります。ここでは小児精神科で説明されることの多い、ごく入門的な内容に絞ってお伝えします。

人の脳には、大まかに分けて「考える脳」(前頭前野)「感じる脳」(扁桃体や辺縁系)があります。論理的に判断したり、言葉で説得を受け取ったりするのは前頭前野の役割。一方、危険を察知して怒り・恐怖・防御反応を起動するのは扁桃体の役割です。普段はこの二つが連携して、感情を感じつつも適切に行動を選ぶ、という働きを生み出しています。

ところが、強いストレスや感覚刺激、空腹・疲労・睡眠不足などが重なると、扁桃体の反応が強まり、前頭前野からの抑制が間に合わなくなります。これがいわゆる「キレた状態」「爆発した状態」です。この状態のときに「落ち着いて」「ダメでしょ」「言葉で説明して」と話しかけても、前頭前野がオフラインになっているので、ほぼ届きません。むしろ、追加の刺激として受け取られて、扁桃体の反応がさらに強まることもあります。

子どもは、特に思春期前後までは前頭前野の発達が途上です。大人なら自分でブレーキを踏める場面でも、子どもは踏みきれない。これは「我慢が足りない」のではなく、脳の発達段階としてブレーキ装置がまだ十分に育っていないからです。発達特性があるお子さまの場合、定型発達のお子さまよりさらにブレーキの効きが弱く、刺激への反応が強くなりやすい——そんな脳の特徴があります。

つまり、癇癪を「しつけ」で抑え込もうとするのは、まだ筋力の育っていない子どもに重いダンベルを持たせようとするようなものです。力ずくで止めるのではなく、波が引くのを待ち、波の頻度と強度を下げる環境を整える。これが、脳の発達に沿った関わり方だと言えます。


「鎮めようとする」が、火に油を注ぐ

癇癪の真っ最中に「落ち着いて」「ダメでしょ」「やめなさい」と言葉をかけても、ほぼ届かない理由は前述の通りです。感情が高ぶったときの脳は、論理を処理する余裕がない状態にあります。ご家族としてはどうしても声をかけたくなりますが、声をかけられるほど刺激が増えて、癇癪が長引いたり、強くなったりします。

特に避けたいのは、次のような関わりです。これらは「やってしまいがち」ですが、結果として癇癪を悪化させたり、長引かせたりしやすい関わりです。

一つめは、正論で説得しようとすること。「お友達のものを取っちゃダメでしょう」「物を投げたら危ないよ」——どれも正しい言葉です。でも、扁桃体が前頭前野を上回っている状態のお子さまには届きません。落ち着いてから振り返るときの言葉として取っておく方が、はるかに効きます。

二つめは、大きな声で制止すること。「やめなさい!」と大きな声を出すと、聴覚の刺激が増えて扁桃体の反応をさらに強めます。本人の中で「攻撃された」と認識され、防御反応として暴力性が増すこともあります。声を出すなら、できるだけ低く、ゆっくり、短い言葉で。

三つめは、体を強く抱きしめる、押さえつけること。これは安全確保のために必要なときもありますが、ファーストチョイスにはしません。子どもによっては、押さえつけられること自体がトラウマ反応を引き起こし、癇癪が長引きます。特に発達特性で感覚過敏があるお子さま、過去に身体的な恐怖体験があるお子さまには逆効果です。

四つめは、取引や脅しを使うこと。「やめたらお菓子あげるよ」「やめないとゲーム禁止だよ」。これらは一見効きそうに見えても、癇癪のパターンを「取引で動く行動」として定着させるリスクがあります。短期的に止まっても、次回の癇癪のレベルが上がっていく構造になりやすいのです。

先輩から教わったのは、「癇癪の波には、波の終わりまで付き合う」という姿勢でした。具体的には、次のような関わりです。

  • 無理に止めようとしない
  • 怪我のリスクは事前に減らしておく(周りに固いもの・割れ物を置かない)
  • 少し離れた場所から、視界の隅に入る位置で見守る
  • 名前を呼びすぎない(一度呼んで反応がなければそれ以上は呼ばない)
  • 表情はやさしく、姿勢はゆったり
  • こちらが緊張すると伝染するので、自分の呼吸を深くする

これらは「何もしていない」ように見えるけれど、「安全な大人がそばにいる」というメッセージを送り続ける、れっきとしたケアでした。波が引くまでの数分、数十分——その時間に、大人にできる最大のことは、自分が落ち着いていること。それだけです。


癇癪が引いたあとの「恥」と「自己嫌悪」

癇癪のピークが過ぎると、Cさんは深いため息と共に、次第に静かになっていきました。床から起き上がろうとせず、しばらくはぼんやりした表情。やがて、目に涙を浮かべて「またやっちゃった」「自分が嫌い」とつぶやきました。声は震えていて、ちょっと前まで物を投げていた子と同じ人とは思えないほど、小さくしぼんで見えました。

多くの人が見落としがちですが、癇癪を起こしたお子さま自身が、誰よりも自分を責めて疲れていることが多いのです。「またやってしまった」「お母さんに申し訳ない」「先生に怒られる」「友達にも嫌われる」——癇癪後の自己嫌悪は、次の癇癪を引き起こす燃料にもなります。

大人の側から見ると、癇癪は「困った行動」「迷惑な行動」に映りがちです。でも本人の主観では、「自分でも止められなかった、なんでこうなるのか分からない、自分は壊れているのかもしれない」という、強い無力感と恐怖が残ります。この自己嫌悪を放置すると、抑うつや自己肯定感の低下、自傷行為につながることもあります。

だからこそ、癇癪が引いたあとの関わりが大切です。「またやっちゃったね」と責める言葉ではなく、「波が引いたね、お疲れさま」と労う言葉から始める。これだけで、本人の中の「自分は嫌われた」「自分はダメだ」という回路を一段だけ緩めることができます。

Cさんも、「またやっちゃった」とつぶやいた直後に私が「うん、波が来てたね。落ち着いてきたね。水、いる?」と声をかけたとき、初めて顔を上げてくれました。涙の残った目で、コクンと頷いて、コップを受け取って、ゆっくりと水を飲む。その姿は、「叱られる」と身構えていた子が、「ここでは責められない」と少しだけ安心した瞬間でした。


看護師として変えた、3つの関わり

①癇癪中は「待つ」、後から「振り返る」

癇癪が落ち着いてからゆっくり水を渡し、「お疲れさま」と声をかける。叱らず、責めず、評価せず。落ち着いてから少し時間を置いて、「さっき、何があった?」と一緒に振り返る。これが効きました。

振り返りのコツは、「直後すぐ」ではなく「少し時間を置いてから」。癇癪の直後は、本人もまだ脳が興奮の余韻を引きずっていて、振り返るには早すぎることが多いのです。お風呂のあと、寝る前、翌朝の散歩中——本人がリラックスしているタイミングを選んで、「昨日のあのとき、何があったのかな」と、責めない声色で尋ねます。

そして、答えられなくても大丈夫。「思い出したくない」と言われたら、それも一つの答えです。「思い出すのは怖いよね、無理しなくていいよ」と引き下がる。振り返りは「本人が安心して話せる場を作る」のが目的であり、「原因を解明する」ことが目的ではありません。何度も小さく繰り返すうちに、本人が少しずつ言葉にしてくれるようになります。

②「悪い行動」と「本人」を分けて伝える

「あなたはダメな子じゃない」「物を投げたのは止めるべきだったね、でもあなたが嫌いになったわけじゃない」と、行動と人格を分けて言語化しました。Cさんは少しずつ、「癇癪を起こしてもまだ受け入れられている」という感覚を持てるようになっていきました。

家庭でも応用できる声かけのテンプレートをいくつかご紹介します。「コップを投げたのは、コップにとっても危なかったね。でも、あなたが嫌いになったわけじゃないよ」「お友達を叩いた手はちょっと反省してもらいたいけれど、あなた自身を嫌いになったわけじゃない」「あの行動は止めてほしい。でも、あなたが今ここにいてくれることは、お母さんはうれしい」。

逆に避けたいのは、人格そのものを否定する言葉です。「あなたはほんとにダメな子ね」「どうしてそんなことをするの、お母さんがどれだけ悲しいか分かる?」「あなたみたいな子に育てた覚えはない」——これらは、本人の中に「自分は存在として価値がない」という核心的な傷を作ります。行動は批判してもいいが、人格は批判しない。この区別を、家庭内のルールとして家族で共有しておくと、お互いに気づき合えます。

③きっかけを一緒に探す

「何で爆発したのか」を、後から本人と一緒に探す習慣を作りました。「お腹がすいてた」「眠かった」「あの音が嫌だった」——身体・睡眠・感覚の理由は意外に多いのです。きっかけが分かれば、次回の予防がしやすくなります。

現場では、癇癪の「前」を観察するためのシンプルな枠組みを使います。「HALT(ホルト)」と呼ばれる4つの要素です。H=Hungry(空腹)、A=Angry(怒り・不満が溜まっている)、L=Lonely(孤独・寂しさ)、T=Tired(疲労・眠さ)。これらが揃っていると、些細なきっかけで爆発しやすくなります。

これに加えて、発達特性のあるお子さまには「S=Sensory overload(感覚過負荷)」を加えるとさらに精度が上がります。蛍光灯のチカチカ、エアコンの音、人混みの匂い、衣服のタグの刺激——大人が気にしないレベルの刺激が、お子さまの中では限界に近い負荷になっていることがあります。

家庭では、癇癪が起きた日の振り返りで「HALT+S」のうちどれが当てはまっていたかを、本人と一緒にチェックするだけでも、自分の状態を言葉にする力が育ちます。「自分は今HungryとTiredだから、危ない」と気づける子に育てば、爆発の前に予防策が打てるようになります。


ご家族の「罪悪感」に伝えたいこと

Cさんのご家族は、面会の度に「私の育て方が悪いんでしょうか」「甘やかしすぎたから?」と尋ねられました。多くの保護者が抱える共通の自責の念です。中には、「もっと早く気づいてあげればよかった」「あの時厳しくしなければよかった」と過去を悔やむ言葉も多く聞かれました。

癇癪は育て方の問題ではなく、感情調整の発達の途上に起こる現象です。発達特性が背景にあることもあれば、ストレスや環境要因が重なることもあります。「親が悪いから」では、絶対にありません

もちろん、家庭環境の改善で癇癪の頻度が下がることはあります。でもそれは「親が悪かったから罰として癇癪が起きている」のではなく、「環境を整えると本人が落ち着きやすくなる」というだけのことです。原因論で家族を責める枠組みは、ご家族をさらに追い詰めるだけで、お子さまの回復にもつながりません。

むしろ、癇癪を抱えるお子さまを支えるご家族は、誰よりも消耗しやすい立場にあります。毎日の生活の中で、いつ次の爆発が起きるかわからない緊張、近所や学校への申し訳なさ、きょうだいへの影響、配偶者との温度差——気を張り続ける生活は、確実に心身を削ります。家族のセルフケア・休息・支援者の活用を、ご自身のケアの一部として捉えてください。

具体的には、次のようなことを意識してみてください。週に一度は、たとえ30分でも一人になれる時間を確保する。配偶者と「今日はパパが対応する」「明日はママが対応する」と交代制にする。実家や信頼できる人に、月に一度でも預かってもらう日を作る。スクールカウンセラー・児童相談所・発達支援センターなど、外部の手を借りる窓口を「予防的に」つないでおく。家族だけで抱え込まない仕組みを、平時のうちに作っておくことが、長期戦を乗り切る鍵です。


発達段階別に見る、癇癪のかたち

癇癪は年齢によってかたちを変えます。同じ「爆発」でも、現れる行動・きっかけ・対応のポイントが変わるので、お子さまの年代に合わせて関わり方を調整することが大切です。

幼児期(2〜5歳):「魔の2歳児」と感情の芽生え

この時期の癇癪は、発達上ある程度普通のことです。「自分でやりたい」という自我の芽生えと、それを言葉にできない未熟さのギャップが、爆発として現れます。スーパーで寝転がる、思い通りにいかないと物を投げる、お友達に手が出る——どれもこの時期によく見られます。

対応の基本は、「言葉にできない感情を、大人が言葉にしてあげる」こと。「やりたかったね」「悔しかったね」「びっくりしたね」——本人が感じているであろう感情を、短い言葉で代弁します。これを繰り返すうちに、3〜4歳頃から少しずつ「悔しい」「悲しい」と自分で言える子に育っていきます。

小学校低学年(6〜8歳):規範意識と感情のせめぎ合い

入学を機に「ちゃんとしなきゃ」「お兄ちゃん・お姉ちゃんなんだから」というプレッシャーが入ってきます。学校で頑張った反動として、家で爆発するパターンが目立ち始めます。「家でだけ癇癪を起こす」というご相談はこの年代に多いですが、これは「家が安全だから本音を出せている」というポジティブな側面もあります。

この時期の関わりで意識したいのは、「学校でのストレスを家でも引きずっている」前提で時間をとること。学校から帰宅して30分は、宿題や習い事の話を持ち出さず、ただおやつを食べる時間にする。「今日どうだった?」と聞きすぎず、本人が話したくなるまで待つ。それだけで、爆発の頻度がぐっと減ることがあります。

小学校高学年(9〜12歳):自意識の高まりと「恥」の感情

9歳〜10歳前後で「9歳の壁」と呼ばれる発達の節目があります。抽象的な思考が育ち、自分を他者と比較するようになり、「恥」の感情が強まる時期です。Cさんもちょうどこの時期でした。低学年の頃よりも癇癪の頻度は減るけれど、起きたときの強度が増す傾向があります。

この年代の癇癪は、「自分でも止められないことに対する恥」を伴います。「もう4年生なのに、こんなことで泣いて」「赤ちゃんみたいで恥ずかしい」——本人がそう思っていることが、回復の妨げになります。「年齢に関係なく、波が来るときは来る。大人だって来る」というメッセージを、何度も伝えることが大切です。

中学生(13〜15歳):思春期と二次性徴の嵐

中学生の癇癪は、ホルモンバランスの急変、人間関係の複雑化、学業のプレッシャー、自己同一性の確立——複数の要因が重なって起こります。物を投げる、壁を蹴る、家を飛び出す、暴言を吐く、自分を傷つける——行動も大人びてきて、対応の難易度が一気に上がります。

この時期の癇癪は、「波が来たときに身体的に止めようとしない」がさらに重要になります。中学生の力は大人とほぼ変わらず、押さえつけようとすると本人もご家族も怪我のリスクが上がります。物理的に離れる、別の部屋に行く、ベランダに出る——「安全な距離」を確保することを優先してください。

そして中学生になると、「親に話すより友達やネットに話す方が楽」という傾向が強まります。家庭でクローズに対応するより、スクールカウンセラー・かかりつけ医・地域の相談窓口など、第三者の関わりを増やす方向にシフトしていくのが効果的です。


発達特性別に見る、癇癪の起こり方

発達特性があるお子さまの癇癪は、定型発達のお子さまとは少し異なる起こり方をします。背景にある特性を理解すると、関わりの精度が上がります。

ASD(自閉スペクトラム症)傾向のあるお子さま

ASDのお子さまの癇癪は、しばしば「予定変更」「感覚過負荷」「こだわりが崩された」という3つのいずれかが引き金になります。予定通りに進まなかった、いつもの場所がいつもと違った、苦手な音や光が長時間続いた、本人だけのルールが家族に守られなかった——これらは、本人にとっては「世界が壊れた」ような恐怖を伴います。

予防策の基本は、「予定の見える化」と「事前予告」。明日のスケジュールを書いた紙を貼っておく、変更が出たらすぐに伝える、苦手な刺激のある場所には行かない・短時間で切り上げる、ノイズキャンセリングイヤホンを持たせる。これだけで、爆発の頻度が劇的に減ることがあります。

ADHD(注意欠如・多動症)傾向のあるお子さま

ADHDのお子さまの癇癪は、「衝動性」「フラストレーションへの耐性の低さ」から起こります。思った通りにいかない、待たされる、注意される——その瞬間に、ブレーキを踏む間もなく行動が出てしまう。本人も「やってしまった」と後悔することが多いタイプです。

関わりのコツは、「短く、具体的に、ポジティブに」。「走らないで」より「歩こうね」、「うるさくしないで」より「小さな声でお話してね」、「ダメ」より「こっちにしようね」。ADHDのお子さまは「否定形の指示」より「肯定形の指示」の方が圧倒的に届きやすいです。

HSC(ひといちばい敏感な子)傾向のあるお子さま

HSCのお子さまの癇癪は、「外で頑張りすぎて、家で爆発する」パターンが典型です。学校では先生にも友達にも気を遣い、感覚刺激にも耐え、感情を抑え込んでいるので、帰宅して安心した瞬間に、溜まったものが一気に出てきます。

関わりのコツは、「家を完全な安全基地にする」こと。家では「ちゃんと」を要求しない、宿題は本人が言い出すまで持ち出さない、感情を出しても「やっと出せたね」と受け止める。学校での頑張りが見えにくいので、ご家族が「外で頑張ってきた前提」で家を整えるだけで、本人の負担が大きく軽くなります。


家庭で意識したい「癇癪の前後」

癇癪の「前」

癇癪の予防は、起きてからの対応よりもずっと費用対効果が高い領域です。次の3つは、家庭で今日から取り組めるシンプルな予防策です。

  • 空腹・睡眠不足・疲労を予防する(基本中の基本)
  • 苦手な刺激(騒音・予定変更・人混み)を事前に避ける
  • 身体のサイン(顔の硬さ、声のトーン上がり、貧乏ゆすり)を察知

特に意識したいのは、「予兆の察知」です。癇癪は突然爆発するように見えて、実は数分〜数十分前から予兆が出ていることが多いのです。眉間にシワが寄る、声のトーンが上がる、足を貧乏ゆすりする、目線が泳ぐ、口数が減る——本人ごとの「サイン」を、ご家族が観察日記のように記録しておくと、次第にパターンが見えてきます。

予兆に気づいたら、本人を環境から少し離す。別の部屋に誘導する、外に散歩に出る、好きな音楽をかける、お気に入りの飲み物を出す——刺激を減らして、扁桃体の興奮を冷ます時間を作るのです。本人にも「今、ちょっと疲れてるみたいだから、休憩しよう」と短く声をかけると、「自分の状態を大人が分かってくれている」という安心感が育ちます。

癇癪の「最中」

  • 怪我のリスクを物理的に減らす
  • 言葉での説得を控える
  • 近すぎず離れすぎず、安全な距離で見守る
  • 表情と姿勢で「受け入れている」を伝える
  • 自分の呼吸を深くする(伝染を防ぐ)

波の最中にできるのは、本当に最小限のことだけです。「波が引くのを待つ」——この一言に尽きます。波の長さは、その時の本人の状態によって違います。5分で引くこともあれば、30分続くこともある。「今は何分くらいだろう」と時計を見ながら、ただ待つ。これが意外と難しいのですが、慣れてくると「あ、今ピーク過ぎたな」「もうそろそろ引くな」と分かるようになります。

癇癪の「後」

  • 水・お茶でゆっくり落ち着かせる
  • 叱らない、責めない
  • 少し時間が経ってから、「何があった?」を一緒に振り返る
  • 「悪い行動」と「本人」を分けて伝える
  • 「波が引いたね、お疲れさま」と労う

波が引いたあとは、本人もご家族もぐったり疲れています。無理に話し合いを進めず、まずは身体を休める。お風呂に入る、温かい飲み物を飲む、布団を敷く——身体を整えると、心も少しずつ整います。振り返りは、その日中でも、翌日でも、本人が落ち着いてからで十分です。


きょうだい児への配慮

癇癪を抱えるお子さまにきょうだいがいる場合、そのきょうだいへの配慮も忘れてはいけません。癇癪が頻繁に起きる家庭では、きょうだいの方が「我慢する側」「気を遣う側」になりがちで、長期的には自己肯定感の低下や、不登校・抑うつなどの二次的な問題が出ることもあります。

具体的に意識したいのは、次のような関わりです。癇癪が起きているとき、きょうだいを別の部屋に避難させること。波の音や暴れる様子を見続けるのは、きょうだいにとってトラウマになり得ます。テレビをつける、ヘッドホンを使う、別室で本を読むなど、刺激を遮断する工夫をしてください。

そして、癇癪が落ち着いた後に、きょうだいへの「労い」と「説明」を必ず入れる。「さっき怖かったよね、ごめんね」「お兄ちゃんは病気の波が来てたんだけど、あなたは関係ないから安心していいよ」「今日も静かに過ごしてくれてありがとう」。きょうだいが「自分だけ我慢している」と感じないように、家族の一員として労う言葉を意識的に増やすことが大切です。

長期的には、「きょうだいだけの特別な時間」を意識的に作ることをおすすめします。月に一度でも、きょうだいと二人きりで出かける時間、好きなものを買う時間、習い事の発表会を見に行く時間——「あなたの存在もちゃんと見ている」というメッセージを、行動で伝えてください。


家庭で使えるクールダウンの工夫

癇癪の予防、そして波の最中の安全確保には、家庭で使える「クールダウンツール」を準備しておくと心強いです。現場でも実際に使われているものを、家庭向けに少しアレンジしてご紹介します。

クールダウンスペースの設定——家の中に「ここに行けば落ち着ける場所」を一つ決めておきます。自室のベッドの上、押し入れの中、リビングの隅にクッションを置いたコーナーなど。本人が「ここに行きたい」と思える場所を、本人と一緒に決めるのがポイントです。波の予兆が出たとき、本人が自分でそこに移動できるように、平時から練習しておきます。

感覚調整グッズ——発達特性のあるお子さまには、感覚を整えるためのグッズが効くことがあります。重い毛布(ウェイトブランケット)でくるまれると落ち着く子、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめると安心する子、シリコン製の噛むおもちゃで口の刺激を満たすと落ち着く子——本人の好みに合わせて、いくつか用意しておくと選択肢が増えます。

呼吸を整える小物——シャボン玉、風車、ストロー、ハーモニカなど、「息を長く吐く」動作を引き出すものが、副交感神経を優位にして落ち着きを助けます。波の最中でも、シャボン玉の容器を手に持たせて「シャボン玉できるかな?」と誘いかけると、本人が呼吸を整える方向に意識が向くことがあります。

視覚的なスケジュール表——予定変更で爆発しやすいお子さまには、その日の予定をホワイトボードや紙に書いて目に見える形にしておきます。変更が出たときも「ここをこう変える」と書き換えながら説明すると、口頭だけより受け入れやすいです。

「言葉にできないとき用」のカード——癇癪の最中や直後は、言葉で気持ちを伝えるのが難しい時間です。「怒っている」「悲しい」「疲れた」「ひとりにして」「水ほしい」など、よく使う気持ちをカードにしておき、本人が指差しで選べるようにしておくと、コミュニケーションが取りやすくなります。


祖父母世代との温度差にどう向き合うか

癇癪をめぐる家族の悩みで、現場でしばしば聞くのが祖父母世代との価値観の差です。「昔はそんなことしなかった」「もっと厳しくしつければ治る」「親が甘やかしているから」——善意のアドバイスが、かえって今のご家族を追い詰めることがあります。

祖父母世代が育てた時代と、今の子育てには大きな違いがあります。発達障害の概念が広く知られるようになったのは比較的最近で、HSCや感覚過敏という言葉も一般化したのはここ10年ほどです。「昔はなかった」のではなく、「昔は気づかれずに見過ごされていた」だけの可能性が高いのです。

祖父母世代に理解を求めるとき、いきなり医学用語で説明するより、「この子の脳は刺激に対して敏感で、感情のブレーキがまだ育ちきっていない」と、具体的な行動レベルで説明する方が伝わりやすいです。専門書を読んでもらうより、「私たちが今こういう方針でやっているから、それに揃えてもらえると助かる」と、お願いベースで伝えるのが現実的です。

それでも理解が得られないときは、無理に説得しなくて構いません。祖父母と過ごす時間を短くする、頻度を減らす、波の最中は接触させない——物理的に距離を取ることも、お子さまを守るための選択です。「親孝行と子育ては別」と割り切る場面が必要になることもあります。


夫婦間の温度差にどう向き合うか

癇癪を抱えるお子さまをめぐって、夫婦の対応方針が違うことは、現場でよくお聞きする悩みです。「お母さんが甘やかすから直らない」「お父さんが厳しすぎるからかえって悪化する」——どちらが正しいということではなく、方針の不一致そのものが、お子さまの混乱を生むのです。

夫婦で揃えておきたい最低限の方針は、次の3つです。一つめは、「波の最中は説得しない」。二つめは、「行動と人格を分けて伝える」。三つめは、「波の後は責めずに振り返る」。この3つだけ揃えておけば、細かい対応に違いがあっても、お子さまには大きな混乱は生じません。

もう一つ大事なのは、夫婦が癇癪について話す場を、お子さまのいないところで定期的に持つこと。週に一度の夜の30分でもいい、月に一度の外食の場でもいい。「今週はどんな波があったか」「次の波が来たときどう動くか」を、感情的にならない時間に話し合っておくと、いざという時の連携が崩れません。

そして、パートナーを責めない。「あなたの対応が悪かったから悪化した」「あなたがいないときに何があったか分からない」——こうした責任追及は、夫婦間の信頼を削るだけで、お子さまの回復にはつながりません。「次はこうしてみよう」「私たちは一緒に対応している」という協力体制を、言葉と行動で確認し続けることが、長期戦を乗り切る基盤になります。


受診・相談の目安

家庭の工夫だけで対応しきれない場合、医療機関や専門機関への相談を検討するタイミングがあります。次のいずれかに該当するなら、一度は専門家に相談してみてください。

  • 癇癪が週に複数回、長期間続いている
  • 怪我や物の破損が伴う
  • 家族や本人が消耗している
  • 登校や友達関係に支障が出ている
  • 発達特性が疑われる
  • 「死にたい」「消えたい」という言葉が混ざる
  • 自傷行為(自分を叩く、引っ掻く、刃物を持つ)が出始めた

該当があれば小児科・児童精神科へ。発達検査が必要な場合もあります。地域の発達支援センター、放課後等デイサービスも検討対象に。「精神科」と聞くと抵抗を感じるご家族もいらっしゃいますが、子どもの精神科は「治療」というより「育ちのサポート」の場と捉えると、ハードルが下がります。

初診の予約は1〜3ヶ月待ちが多いので、「まだ大丈夫」と思える段階で予約だけしておくことをおすすめします。予約日までに状態が改善すれば、キャンセルすればいいだけです。緊急性が高まってから探し始めると、見つからずに状況が悪化することもあります。

地域の相談先としては、市区町村の子育て支援課・教育相談・発達支援センターのほか、児童相談所、保健センター、スクールカウンセラー、放課後等デイサービスなどがあります。「医療機関はちょっと早い気がする」というご家庭は、まず無料で相談できるこれらの窓口を活用するのも有効です。


入院適応を考えるとき

児童精神科の入院は、原則として「家庭での生活が一時的に困難」と判断されたときに検討されます。次のような状況が重なる場合、外来主治医と入院について話し合う段階かもしれません。

  • 癇癪が日常的に起き、本人も家族も心身が消耗している
  • 自傷行為が頻発し、家庭での安全確保が難しい
  • 家庭内の暴力がエスカレートし、家族の安全が脅かされている
  • 不登校が長期化し、生活リズムが大きく崩れている
  • 薬物療法の調整が必要だが、外来では難しい

入院は「最終手段」ではなく、「家族とお子さまの両方が一度休むための場」でもあります。入院期間中、お子さまは家庭から離れて構造化された環境で過ごし、ご家族は一時的に介護負担から解放されて、自分自身のケアに時間を使えます。退院後の生活設計を、ご家族とスタッフが一緒に練る時間も取れます。

「入院させるなんてかわいそう」と感じるご家族も多いのですが、現場で見ていると、入院が転機になって関係が立て直されるケースは少なくありません。お子さま自身も、「家族と離れて、自分のことを考える時間が持てた」と振り返ることが多いです。入院を選択肢として「持っておく」だけでも、ご家族の心理的余裕が変わります。


学校・園との連携

癇癪が学校や園でも出ている場合、家庭だけで抱え込まず、教育現場との連携が大切です。連携の基本は、「責めない」「情報を共有する」「一緒に作戦を立てる」の3つです。

担任の先生にお伝えするときは、「家ではこういう関わりで波が落ち着くことが多いです」と、解決策の共有から入ると協力が得やすくなります。「先生の対応が悪い」「学校が悪い」というスタンスから始めると、現場の先生も身構えてしまい、連携が難しくなります。

具体的な共有内容としては、次のようなものが考えられます。「家での予兆のサイン」「波が来たときの効果的な関わり」「避けてほしい刺激」「クールダウンに使える場所や物」「医療機関にかかっていればその診断・処方の情報」。可能なら、A4一枚にまとめた「我が子トリセツ」を年度始めに渡すと、毎年新しい担任になっても情報が引き継がれやすくなります。

スクールカウンセラーや特別支援コーディネーターとも、早い段階でつながっておくことをおすすめします。問題が起きてから動くのではなく、平時のうちに窓口を作っておくことで、いざという時の動きが速くなります。


親自身のセルフケア

癇癪を抱えるお子さまを支えるご家族にとって、セルフケアは「贅沢」ではなく「必需品」です。ご家族が疲弊して倒れてしまうと、お子さまの支えがなくなります。「自分のケアは子どもへの投資」と捉え直してみてください。

日常で取り入れやすいセルフケアは、次のようなものです。睡眠を最優先する——子どもの癇癪に振り回されると睡眠が削られがちですが、睡眠不足は親のイライラと判断力低下の最大原因です。可能なら配偶者と夜の見守りを交代制にしてください。

身体を動かす時間を確保する——5分の散歩でも、ストレッチでもいい。身体を動かすことで、ストレスホルモンが代謝されます。子どもと一緒に外に出るのも、家にこもらない工夫として有効です。

同じ立場の人とつながる——発達障害の親の会、不登校の親の会、地域の子育てサポートグループなど。同じ経験をしている人と話すだけで、「自分だけじゃない」という安心感が得られます。SNSやオンラインコミュニティでも構いません。

専門家に話を聞いてもらう——心療内科、カウンセリング、電話相談などを使うことに抵抗を感じる方も多いですが、お子さまを支える親自身のメンタルケアは、お子さまのケアと同じくらい大切です。深夜に不安が強くなる方は、24時間対応の電話相談やチャット相談を利用するのも一つの方法です。

もし「親自身も育児に疲れて読書する気力もない」状態なら、耳で聴く育児書(Audibleなどのオーディオブック)を家事や移動中に流すという方法もあります。詳しくは関連記事の「Audibleで耳で読む育児書」をご覧ください。

そして、ご家族自身の心の整理が必要になったとき、深夜帯に話を聞いてくれる相談サービスを使うのも一つの選択肢です。お子さまの癇癪は夜に頻発することも多く、収まった後の3時、4時に「眠れない、誰かに話したい」という時間が訪れます。そんなとき、24時間対応のチャット相談や深夜まで受けてくれるオンライン相談を、「平時のうちに知っておく」だけで、心理的な備えになります。「深夜の不安を24時間相談できる窓口」もご参考にしてみてください。


長期戦を乗り切るための考え方

癇癪への対応は、短期で結果が出るものではありません。早くて数ヶ月、長ければ数年かけて、少しずつ波の頻度と強度が下がっていくものです。「治す」のではなく「育つ」を待つ感覚で、長い目で見ることが大切です。

長期戦で意識したい考え方を、3つお伝えします。一つめは、「短期の悪化に一喜一憂しない」。波の頻度は、上がったり下がったりを繰り返しながら、長期で見ると下がっていく傾向があります。先週よりひどい、先月よりひどい——そんな感覚に振り回されず、半年前・1年前と比べる視点を持ってください。

二つめは、「小さな変化に気づく」。「今日は波の長さが短かった」「物を投げるところを途中で止められた」「自分から水を飲みに来た」——こうした小さな変化を、ご家族の中で言葉にして記録しておくと、長期で振り返ったときに「ちゃんと育っている」と確認できます。

三つめは、「親が完璧を目指さない」。理想的な関わりを毎日100%できる親はいません。疲れた日は怒ってしまうこともある、つい正論を言ってしまうこともある。でも、それでも明日また関わり続ければいい。「毎日70点でも続ければ、半年で景色が変わる」——現場で何人ものご家族を見てきて、心からそう思います。


Cさんとご家族のその後

Cさんは数ヶ月の入院を経て退院しました。退院前のCさんは、自分の波を「来てるな」と言葉にできるようになり、自分から「ちょっと別の部屋に行ってくる」と言って離れることができるようになっていました。完全に波がなくなったわけではありませんが、波の長さは短くなり、強度も下がっていました。

ご家族も変わりました。最初は面会の度に「私の育て方が悪いんでしょうか」と尋ねていたお母さんが、退院前の家族面談では「波が来ているときに、何もしないで横にいる勇気が、少しずつついてきました」とおっしゃいました。お父さんは、休日の外出計画を「Cさんの予定が崩れないように」と工夫してくれるようになっていました。

退院から1年後、外来でお会いしたCさんは、学校にも通えていて、友達と工作を一緒にやれていました。波がまったくなくなったわけではなく、月に1〜2回は小さい爆発があるそうです。でも、ご家族もCさん自身も「来たね、また引いていくよ」と落ち着いて対応できるようになっていました。「治った」のではなく「付き合い方を見つけた」——それが、現場で目指す回復のかたちだと、私は思っています。


まとめ|「鎮める」より「波に付き合う」

Cさんが教えてくれたのは、「癇癪は止めるものではなく、安全を守りながら波の終わりまで付き合うもの」という視点でした。波の最中に大人ができるのは、ほぼ何もないように見える「見守り」です。でもそれは、「安全な大人がそばにいる」という何より大きなメッセージを送り続ける、れっきとしたケアなのです。

そして癇癪のあとに残る「自己嫌悪」こそが、本人にとって一番の苦しみでもあります。「また受け入れられている」というメッセージを、家族の言葉と表情で繰り返し伝えること。これが、癇癪のあるお子さまの回復にとって、何よりの土台になります。

もし今、お子さまの癇癪に疲れ果てているご家族がいらっしゃったら、どうか一人で抱え込まないでください。医療機関、地域の相談窓口、同じ立場の親の会、信頼できる友人——どこか一つでもつながっていれば、それが長期戦を乗り切る支えになります。家族だけで完結させない。これが、現場で何度も学んだ最大の教訓です。


同じ状況のご家族へ伝えたい3つのこと

①「波を抑える」より「波に付き合う」

物を投げる、自分を傷つけそうになる、そんな波が起きている時、「止めなきゃ」「鎮めなきゃ」と前のめりになると、本人もさらに激しくなる悪循環に。「波が来ているね」「ちょっと待ってみよう」と、波そのものを受け止める姿勢の方が、結果として早く収まります。波は来るものとして織り込み、その間の安全を確保することに集中する——この発想転換が、ご家族にとっての最初の一歩です。

②「安全」を優先する

波が来ている最中は、本人と周囲の安全確保が最優先です。割れる物・刃物・尖ったものを遠ざける、本人が自分を傷つけそうなら距離を取って見守る、必要なら配偶者を呼ぶ。「話で止める」ではなく、「環境で守る」発想です。安全確保のためには、平時のうちに家の中の物の配置を見直しておくことも有効です。よく爆発が起きる部屋からは、危険物を遠ざけておく。クールダウンに使える場所(自室・押し入れの中・別の部屋)を本人と話し合って決めておく。これらは「予防的な準備」として、ご家族の安心感にもつながります。

③波の前後の関わりが鍵

波の最中の対応より、「波が来る前のサインに気づく」「波の後の関わり方」の方が、長期的な変化を作ります。「疲れているサイン」「予兆」を一緒に観察し、「波が収まった後の優しい関わり」を積み重ねる。それが、波の頻度を減らしていく地道な営みです。波の最中は「待つだけ」しかできないけれど、波の前後でできることは無限にある。この事実が、ご家族の希望になるはずです。


よくある質問(FAQ)

Q0. 波が引いた後に使える「振り返りの質問」テンプレートはありますか?

振り返りで尋ねる順番として、現場でよく使う流れをご紹介します。最初は「身体」から——「お腹すいてた?」「眠かった?」「身体のどこか痛かった?」と、身体のコンディションを尋ねます。次に「環境」——「うるさかった?」「眩しかった?」「嫌な匂いがあった?」と感覚刺激を確認。続いて「気持ち」——「悔しかった?」「悲しかった?」「びっくりした?」と感情のラベルを提示。最後に「願い」——「本当はどうしたかった?」と、爆発の裏にあった本人のニーズを尋ねます。

この順番には意味があります。いきなり「どうしてあんなことしたの?」と尋ねても、本人は答えられません。身体→環境→気持ち→願いと外側から内側へ降りていくことで、本人が自分の状態を言葉にできるようになっていきます。「これは私の中の何だったんだろう」を、子どもと一緒に探す時間——それが、長期的に癇癪を減らす最良のトレーニングです。

Q1. 物を壊された損害はどう考えればいい?

癇癪で物が壊されるのは、現場でもよくあることです。ガラスのコップを叩き割る、テレビのリモコンを投げる、壁に穴をあける——金銭的な損失は確かにあります。でも、波の最中に「これいくらすると思ってるの!」と責めても、本人には届きません。むしろ、自己嫌悪が増して次の波が来やすくなります。

現場でお伝えしているのは、「割れて困るものは、最初から本人の手の届く場所に置かない」という現実的な対応です。波の最中に大切なものを壊されるくらいなら、平時のうちに環境を整える方が建設的です。落ち着いてから「物を壊さないでほしい」と伝えることは可能ですが、それは波の対応とは別の場面で。

Q2. 「ダメだよ」と叱ってはいけないの?

波の最中に「ダメだよ」と言っても届きませんし、刺激になって悪化する可能性があります。でも、波が引いた後、落ち着いた状態で「あの行動はやってほしくない」と伝えることは大切です。叱るのではなく、「お母さんはあの時こう感じた」「次はこうしてほしい」という形で、本人の人格は否定せず、行動についてだけフィードバックします。

「叱ってはいけない」のではなく、「叱るタイミングと言い方を選ぶ」が正解です。波の最中ではなく落ち着いた後、人格ではなく行動について、責めるのではなく希望を伝える——この3点を意識すれば、しっかりと境界線を伝えられます。

Q3. きょうだいが「お兄ちゃんばっかりずるい」と言います

当然の感情です。きょうだいから見ると、癇癪を起こす方ばかりが大人の注目を集めているように見えます。「お兄ちゃんは病気だから」と理由を伝えても、きょうだい自身の寂しさは消えません。

対応としては、「きょうだいだけの特別な時間」を意識的に作ってください。月に一度の二人だけのお出かけ、寝る前の30分だけの読書タイム、好きな夕食のリクエスト権——小さくてもいいので「あなたのための時間」を可視化します。「お兄ちゃんと違う形で、あなたのことも見ているよ」というメッセージを、言葉と行動の両方で伝えることが大切です。

Q4. 学校から「家庭で対応してください」と言われます

学校での癇癪に対して、すべてを家庭に押し付けるような対応は、残念ながら現場でもよく聞きます。学校側もリソースが限られている中で対応しきれないという事情はありますが、家庭だけで抱え込ませるのは適切ではありません。

こうしたときは、スクールカウンセラー、特別支援コーディネーター、教育委員会の相談窓口などを順に頼ってみてください。担任の先生一人の対応で行き詰まっていても、学校全体・教育委員会レベルでは対応リソースがあることがあります。「家庭で対応してください」の一言で諦めず、頼れる窓口を増やしていく姿勢が大切です。

Q5. 薬を勧められたらどうすればいい?

癇癪が日常生活に大きな支障を出している場合、医師から薬物療法を提案されることがあります。「子どもに薬を飲ませるなんて」と抵抗を感じる方も多いですが、薬は「性格を変える」ものではなく、「波の高さを少し下げる」ものとして捉えると、向き合いやすくなります。

薬は万能ではありません。薬だけで癇癪がなくなるわけではなく、関わり方の工夫や環境調整と組み合わせて初めて、本人が日常生活を送りやすくなります。判断に迷ったら、主治医に「薬を始めることのメリットとデメリット」「いつ頃まで続けるイメージか」「やめるときの方法」を具体的に尋ねてみてください。納得して始めることが、何より大切です。

Q6. 「死にたい」と言われたらどうすれば?

癇癪の波の中で「死にたい」「消えたい」という言葉が出てくることがあります。ご家族としては衝撃が大きく、どう対応していいか分からなくなる場面です。基本は、「言葉を否定せず、ただ聴く」こと。「そんなこと言わないで」と封じると、本人は次から言葉にできなくなります。

「死にたいくらい辛いんだね」「そう思うほど苦しかったんだね」と、まずは気持ちを受け止めてください。そして、できるだけ早く専門機関につないでください。緊急性が高そうなときは、夜間でも救急外来や精神科救急の窓口があります。「よりそいホットライン(0120-279-338)」「いのちの電話(0570-783-556)」などの電話窓口も24時間対応です。

関連記事の「子どもが「死にたい」と言ったときの対応」では、もう少し詳しく対応方法をまとめています。


緊急時の連絡先

癇癪が安全に対応できないレベルに達したとき、または「死にたい」など希死念慮が混ざるとき、迷わず以下の窓口に連絡してください。

  • よりそいホットライン:0120-279-338(24時間、無料)
  • いのちの電話:0570-783-556(10〜22時、ナビダイヤル料金)
  • 児童相談所虐待対応ダイヤル:189(24時間)
  • あなたのいばしょチャット相談:webサイトから24時間チャット
  • 精神科救急情報センター:各都道府県に設置(地域名+精神科救急で検索)
  • 救急要請:119(怪我・意識障害・大量服薬など命の危険があるとき)

「呼ぶほどではないかも」と迷う段階で、まず電話で相談するのが正解です。電話の方が「これは119を呼ぶ案件です」「これは様子を見て大丈夫です」と一緒に判断してくれます。「一人で抱え込まない」が、最大の予防策です。


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著者プロフィール

星野レン(ほしの れん)
看護師歴8年、うち児童思春期精神科の病棟で5年勤務。発達障害、不登校、癇癪、思春期のメンタル不調を抱えるお子さまとご家族のケアに従事。現場で得た知見を、家庭で応用できる形で発信しています。本記事のような体験談は、特定のお子さまの単独エピソードではなく、現場で繰り返し出会ったパターンを再構成した「典型像」として書いています。ご家族が「うちの子もこういう波があるかも」と重ねていただける部分があれば、それが何より嬉しいです。

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