自分を叩くチックを抱えた中学生Aさんの話|現場で学んだ「症状の向こうにある本人」を見つめる視線【児童精神科看護師の体験談】

病室の窓辺の机で背を向けてノートに書き込む男の子。穏やかな日差しの入る病棟の一場面のイメージ 児童思春期精神科の現場から

この記事の要点

  • 自分を叩くチックを抱えた中学生との関わりの記録
  • チックは意志では止められず、本人がいちばん苦しんでいる
  • 「やりたくてやってるんじゃない」という本人の言葉
  • 見ているしかない家族の苦しさにも触れている
  • 症状ではなく、その向こうにいる本人を見る視点

これは、児童思春期精神科の病棟で関わった、ある中学生のお子さんを通して教えてもらった話です。本人とご家族の特定を避けるため細部は変え、複数の方とのエピソードを組み合わせた合成ケースとしてお伝えします。

今日お伝えするのは、自分の頭や顔を叩いてしまうチック症状を抱えていた、Aさん(仮)と過ごした時間のことです。私は2018年4月から看護師として勤務し(2か月のブランクあり)、2021年4月から児童思春期精神科病棟で勤務し、チック・トゥレット症のお子さんとご家族のケアに従事してきました。

※体験談という形をとっていますが、これは医療的助言ではありません。チック症状やトゥレット症についての具体的な相談は、必ず医療機関(児童精神科・神経内科・小児神経科など)を受診してください。

チックという症状の基本 — まず親に知ってほしいこと

チックは、本人の意思とは関係なく繰り返し起こる、突発的・速い・反復的な動きや発声のことです。瞬き、肩をすくめる、首を振る、咳払い、鼻を鳴らす、声を出す——こうした単純なものから、自分を叩く、物を投げる、相手を傷つける言葉を発するといった複雑なものまで、現れ方はさまざまです。学齢期に発症することが多く、成長とともに軽快していくお子さんが多い一方、思春期から成人期にかけて続く方もいます。

大切なのは、チックは「わざとやっている」のでも「気にしすぎ」「精神的に弱いから」でもないということです。脳の働きや遺伝的要因などが関係すると考えられている医学的な症状です。本人が「やめたい」と思っても止められない、まさにそういう種類の動きや発声なのです。ここを家族や周囲が理解できているかどうかで、お子さんが受ける二次的な傷つきの大きさが決定的に変わってきます。

もう一つ、チックは「波がある」症状です。出やすい時期と出にくい時期、出やすい場面と出にくい場面があり、本人の精神状態や疲労、緊張、季節の変化と関わっています。試験前、新学期、家庭内の出来事の後など、ストレスがかかる場面で症状が強まる傾向があります。ただし、「ストレスをなくせばチックは治る」というほど単純ではなく、ストレスは「強める要因」のひとつにすぎません。

運動チックと音声チックの両方が一定期間続く場合、トゥレット症という診断名がつくことがあります。いまは難治・特殊なものというよりは、医療と教育と家庭の連携で長期に伴走していくテーマとして位置づけられています。

初めて出会った日の、Aさんの手

初対面の日、Aさんの両手の甲は、皮膚が固くなって少し赤くなっていました。それは何度も何度も自分の頭や顔を叩いてきた跡。叩いている瞬間を見たわけではないのに、「この子は自分を叩く時間を、毎日過ごしてきたんだ」と分かりました。

Aさんは静かなお子さんでした。落ち着いた口調、まじめで丁寧な言葉遣い。ぱっと見たかぎりでは、自分を叩く症状とは結びつかない佇まいでした。これは現場でもよく経験することです。チックは、その人の人格や雰囲気とは別の場所で起きている現象なので、本人の見た目と症状の重さがまったく一致しないことがあります。

看護師として、こうした瞬間にどう関わるかは経験を重ねるごとに変わっていきました。最初は「叩かないで」と止めたくなる衝動に駆られましたが、それは本人にとって役に立たないことが分かってきました。チックを長く抑えようとすると本人の負担が強まり、その後に症状が出やすくなることがあります。私が学んだのは、症状そのものを止めようとするのではなく、症状を抱えたままでも安心していられる空気を、まずその場に作ることでした。

Aさんが症状を出した瞬間も、私は驚いた顔をしませんでした。話を続けて、その動作がなかったかのように普通に接する。これは演技ではなく、「あなたの一部として、それも込みで一緒にいるよ」という姿勢の表現です。何回かそうした時間を重ねるうちに、Aさんの肩の力が少しずつ抜けていくのが分かりました。

「やりたくてやってるんじゃない」の重み

入院から1週間ほど経った頃、Aさんがぽつりと話してくれました。

「やりたくてやってるんじゃないんです。気づいたら手が動いてるんです」

これは、チック症状を抱えるお子さんから何度も聞いてきた言葉です。本人にも止め方が分からない。痛くないわけではない。むしろ「もうやめたい」と一番強く思っているのは本人自身です。家族から「叩かないで」と言われるたび、本人は「分かってる、でも止まらない」と心の中で叫んでいる。この捻れがチック症状の苦しさの中心にあります。

Aさんは、家でも学校でも、自分の症状について誰にも話せていませんでした。「叩いてるところを見られると、お母さんが泣くから」「友達には絶対に見られたくない」「先生も困ってる」。チックという症状を抱えていることそのもの以上に、「自分の症状で周りに迷惑をかけている」という罪悪感が、本人を追い詰めていました。

看護師として、私はその罪悪感を解きほぐすことに時間を使いました。「Aさんの症状は、Aさんが選んだものではないよね」「症状で家族に迷惑をかけている、と思わなくていい。家族が困っているのは、症状そのものではなく、症状を抱えているAさんを支えたいけれど方法が分からない、という状況にだよ」——こうした言葉を、何度も手を替え品を替え、本人に伝えていきました。

Aさんがある日、「家でも友達にも、症状のことを話したくなかった。でも、ここでは話せる気がする」と言ってくれたことがありました。「症状を抱えている自分を、見せても大丈夫な場所」が、人にはどうしても必要なのです。家庭の中にそうした空気がない場合、医療現場がその役割を担うことがあります。

家族の「見ているしかない」苦しさ

Aさんのお母さまは、初めて病棟に来られた日、待合室で長いあいだ手を握りしめて座っておられました。もう何年も、毎日のようにAさんが自分を叩く音を聞きながら過ごしてこられたとのこと。「やめてほしい」と言葉に出さないように努めても、つい口に出てしまう。出てしまうと、本人を追い詰めることになると分かっている。分かっているのに、毎日の音と痣が、母親としての心を削り続けていく。

ご家族にとってチック症状が苦しい理由はいくつかあります。第一に、本人の苦痛が目の前で繰り返し起きるのに、止めることができないこと。第二に、「育て方の問題」と言われがちな社会的な視線。第三に、きょうだいへの影響。家庭の関心がチックのあるお子さんに集中することで、他のお子さんが不満を抱えるケースもあります。

看護師として、ご家族にお伝えしてきたのは「あなたの育て方の問題ではない」というメッセージです。一度言って届くものではなく、ご家族の中で長年積み上がってきた自責の念を、少しずつ解きほぐしていく作業です。「あなたは十分に向き合ってきました」——こうした言葉を、面会の時間、退院前の家族指導のなかで、繰り返し伝え続けました。

お母さまが「家にいるときの自分は、いつも息を止めているような感じだった」とおっしゃった日があります。入院していただいたことで、お母さま自身が初めて「息を吐けた」と感じてくださったそうです。これは、病棟で大切にしてきた「家族のためのレスパイト」という機能でもあります。お子さんの治療だけでなく、ご家族が一息つける時間を作ることも、医療の大切な役割のひとつです。

入院前のご家庭での苦闘

チック症状が最初に出たのは小学校4年生の頃。当初はまばたきと首をすくめる動作で、お母さまも「成長過程の一時的なもの」と思っておられたそうです。実際、多くのチックは数か月で軽快するので、その判断は間違いではありませんでした。

しかし症状は変化していきました。小学校5年生で咳払いが加わり、6年生で「自分を叩く」動作が始まり、中学校に上がってからさらに強くなりました。ご家庭では最初「気にしないようにしよう」と試みました。「指摘すると本人を追い詰める」という直感は正しかったのですが、「気にしない」を完全に実行するのは、家族にとっても非常に難しいことでした。ふとした拍子に「また?」と言ってしまう、お母さまが涙ぐむ、お父さまが部屋を出ていく——こうした反応のすべてが、Aさんに「自分の症状が家族を傷つけている」というメッセージとして届いてしまっていました。

中学校2年生の秋、本人から「もう疲れた」「叩く以外の自分の使い方が分からない」という言葉が出たことで、入院を選択しました。入院は決して「家庭での失敗」ではありません。家庭ではどうしてもできないことを、医療現場という別の環境で行う、そういう位置づけです。ご家族にも「ご家庭が問題なのではなく、別の環境で集中して取り組むほうが効果的な時期に来た」とお伝えしました。

看護師として、私が変えたこと

入院当初、私はAさんに対して「症状を出さないようにしてほしい」という気持ちで関わっていました。でもしばらくして、その視点そのものを変える必要があると気づきました。

  • 症状の有無で本人を評価しない——「今日は症状が多かった日、少なかった日」と無意識に査定する自分に気づいたら、意識的に手放しました。Aさんの一日は、症状の多寡では測れません
  • 症状が出た瞬間に普通に接する——驚いた顔をしない、止めようとしない、心配そうな顔もしない。「症状を出しても大丈夫な場所がここにある」というメッセージを言葉以外で伝える方法でした
  • 本人自身の言葉で、症状について語ってもらう——「今日は症状はどうだった?」と外から査定するのではなく、「今日は何が一番大変だった?」「逆に何が楽しかった?」と本人の主観で語ってもらう
  • 症状以外の興味や得意分野に焦点を当てる——Aさんは絵を描くのが好きで、漫画に詳しいことが分かってきました。チックの話だけで一日を終わらせない。これは本人の自己肯定感を底支えする大切な営みでした
  • ご家族の苦しさにも目を配る——看護記録にも、本人の状態と並んで家族の状態を書くようにしました。家族全体を見ることが、結果として本人の回復にもつながります

病棟スタッフチームでの関わり

Aさんの治療は、私一人が担当していたわけではありません。主治医、心理士、作業療法士、薬剤師、ソーシャルワーカー、そして他の看護師たち——病棟全体のチームで関わっていました。

  • 主治医——全体像を見て、薬物療法と治療方針を決める役割。薬を変えるたびに「今度の薬はどう感じる?」と聞き取りを行い、医師にフィードバックする。本人にも「自分の治療に参加している」感覚を持ってもらう大切な工程でした
  • 心理士——週2回ほど、各50分の構造化されたセッションで内面を扱います。本人が話したことは本人と心理士のものなので詳細は聞きませんが、いつもよりすっきりした表情で帰ってきていたことは見て取れました
  • 作業療法士——粘土、絵画、料理、軽い運動。興味のある活動に没頭することが、症状の緩和に寄与することがあります。Aさんが「絵を描いている時間は楽だ」と話してくれたことは、退院後の生活設計にも大きなヒントになりました
  • ソーシャルワーカー——退院後の生活と学校復帰、地域支援機関との連絡を担当。家庭の事情に合わせて選択肢を整理してくれました

看護師同士でも、毎日の申し送りで状態を共有していました。「今日の絵画の時間、何分集中していた」「夕食のときに少し笑った」「夜中の症状の頻度はどうだった」——小さな観察を積み重ねることで、回復の方向性が見えてきます。

薬物療法と本人の付き合い方

大切にしていたのは、「薬は症状を消す道具ではなく、症状と付き合う負担を減らす道具」という考え方を、Aさんと共有することでした。チックは薬を飲めば完全に消えるものではありません。波を小さくする、出現頻度を減らす、本人の苦痛を和らげる——そういう種類の効果が中心です。「薬を飲んでも完全には消えない」ことを最初に共有しておくことで、過度な期待による失望を防ぎ、薬への信頼を保つことができました。

副作用との付き合いも大切な話題でした。眠気、食欲の変化、口の渇き、体重の増減。Aさんの場合は最初の薬で眠気が強く出てしまい、医師と相談して別の薬に切り替えました。「合わなければ変えられる」「すぐに効かなくても焦らない」——この柔軟さが、薬物療法を続けるうえで大切でした。

Aさんに対しては、薬を飲むタイミングに、できるかぎり本人が関わるようにしました。看護師から渡される薬ではなく、本人が「いまから飲むね」と言って自分のペースで飲む形に。医療者主導から本人主導への小さなシフトですが、「治療に取り組む自分」というアイデンティティを育てるうえで意味のある工夫でした。

Aさんが少しずつ変わっていった場面

入院から3週間ほど経った頃、小さな変化が見え始めました。表情がやわらかくなり、声に張りが出てきて、他のお子さんとの会話も増えてきました。チック症状そのものの頻度は劇的に減ったわけではなかったのですが、本人の中で「症状と一緒にいる自分」を受け入れる構えができてきたように見えました。

特に印象的だったのは、ある夕食の時間です。隣の席にいた小学生のお子さんに、Aさんが絵本のキャラクターについて教えてあげていました。家庭でも学校でもなかなか発揮できなかった「年長者としての自分」を、病棟という新しい場で発見した瞬間だったように思います。

もうひとつ大きな変化は、症状が出たときの本人の反応でした。入院当初は深く俯いたり息を止めたりしていたのが、4週目を過ぎたあたりから「あ、出た」と小さく口に出して、また会話に戻れるようになっていきました。これは、症状を「自分の中で隠さなければいけないもの」から「自分の一部として淡々と扱えるもの」へとシフトしていった証だったと思います。

こうした変化は、症状の消失とは別の次元の回復です。チック症状は完全には消えないかもしれない。でも、症状を抱えたまま、自分らしく生きていくための心の構えは、確かに育てられます。

ある日「先生って、僕の症状の話をあんまりしないですよね」と言われたことがあります。私はそれを意識的にやっていたのですが、本人にも伝わっていたのが嬉しかった。「症状が君のメインじゃないからね。君は絵が上手だし、漫画に詳しいし、年下の子に優しい。チックは、君のたくさんある側面のひとつ」——そう答えると、Aさんは小さくうなずいて、しばらく黙っていました。

退院の日、Aさんが残してくれた言葉

3か月の入院を経て、Aさんは退院していきました。症状そのものは完全にはなくなりませんでしたが、出現頻度は減り、精神状態は明らかに安定していました。退院前日、Aさんが手紙を渡してくれました。

「入院する前は、自分のチックがすごく嫌でした。早くなくなってほしいって毎日思っていました。今は、なくならなくてもいいかなって、少しだけ思えています。それは、ここで先生たちが、僕のチックがあっても普通に話してくれたからだと思います。家に帰っても、自分のチックに、もう少しやさしくしてあげようと思います」

この手紙は、複数のお子さんから受け取ってきた言葉の本質を、Aさんの声として再構成したものです。それでも、こういう種類の言葉を、いろいろなお子さんから何度もいただいてきました。「症状を消すこと」が回復のゴールではない、ということを、何度も子どもたち自身から教えてもらってきたのです。

退院後のご家族へのフォロー

退院は治療の終わりではなく、生活のなかでの新しい始まりです。Aさんは退院後も2週間に一度、外来で主治医の診察を受け、必要に応じて心理士のセッションも継続しました。学校で症状が強くなったとき、新学期で疲れたとき——そうした波を、外来でひとつずつ振り返り、対処を一緒に考えていきました。

退院前に、主治医とソーシャルワーカーが中学校に出向き、担任・養護教諭・スクールカウンセラーと面談する機会を持ちました。「症状が出たときに過度に注目せず、普通に対応してほしい」「集中力が落ちる時間帯があれば、別室で休む選択肢を用意してほしい」「症状をからかう生徒がいたら、毅然と止めてほしい」——こうした具体的な配慮を、医療側から学校側に伝えました。

ご家族へのフォローも、退院後にこそ大切でした。お母さま向けに、同じようなお子さんを育てる親同士が月に1回集まって体験を共有する集まりへの参加を提案しました。お母さまは半年ほど参加された後、「ここで初めて、安心して泣けた」とおっしゃってくださいました。

チック症状のお子さんを育てるご家族へ

  • 症状の有無で本人を評価しない——「今日は症状が多かったから悪い日」と査定する自分に気づいたら、少しずつ手放してください。「症状以外の本人」を見つめる練習を、毎日少しずつ
  • 症状が出た瞬間に普通に接する——家族にとって最も難しい修練のひとつかもしれません。それでも過度な反応(驚く、止める、悲しい顔をする)が本人にとって追い詰めになることは、現場で繰り返し見てきました
  • 症状以外の本人の魅力に焦点を当てる——「うちの子はチックの子」ではなく「うちの子は絵が上手で、年下に優しく、たまたまチックという症状を抱えている」——この言葉の組み立てが、長期的に効いてきます
  • 自分を責めるのをやめる——チックの原因は親の育て方ではありません。夜中に自責が押し寄せたら、「これは私のせいじゃない」「私は十分やってきた」という言葉を、自分自身に贈る習慣を
  • 医療と長く付き合う覚悟を持つ——即効性を求めず、根治を求めず、その日その日のお子さんと向き合う。10年単位の長い時間のなかで連携して支えていく種類の伴走です
  • ご家族自身のメンタルケアを優先する——ご家族が崩れてしまったら、お子さんを支える基盤そのものが失われます。ご家族自身のメンタルケアは、お子さんへの最も確実な投資です
  • 同じ経験をしている仲間とつながる——親の会、SNSのコミュニティ、地域の発達支援センターのグループ。孤立して闘うより、つながって闘うほうが、確実に楽です

症状について本人と話すとき、気をつけたい言葉

避けたい言葉——「やめなさい」「直しなさい」という命令調の表現。本人にも止め方が分からないものを止めろと言われるのは、本人の無力感を強めるだけです。同様に「気にしないようにすればいいのよ」も避けてください。気にしてできるなら、すでに気にしていないはずです。「もっと頑張れば治る」「強く意識すれば抑えられる」といった精神論も、症状の本質と外れています。

使いたい言葉——「今日もよく頑張ってるね」「症状があっても、あなたはあなたのままで大丈夫」「困ったときは、いつでも話してね」。症状を直接話題にせず、本人の存在そのものを肯定する言葉が、長期的に効いてきます。症状が出ている瞬間に「大丈夫?」と過剰に反応するのも避けてください。

本人から症状について話してきたときは、しっかり受け止めてあげてください。アドバイスを急がず、「そっか、それは辛かったね」と返すだけで、本人にとって大きな救いになります。家族は解決者である必要はありません。理解者であることが、何より大切です。

学校・先生との関わり方

担任の先生へは、医学的な基本知識を分かりやすく伝えた手紙やメモを用意するご家庭もあります。「本人の意思とは関係なく出てしまう症状であること」「指摘されると本人が傷つくこと」「他の生徒から指摘されたら止めてほしいこと」——書面で残しておくと、先生が異動された場合の引き継ぎにも役立ちます。

養護教諭やスクールカウンセラーも味方として活用してください。保健室は「逃げ場所」ではなく「整える場所」として位置づけると、本人も周囲も使いやすくなります。

クラスメイトへの説明をどこまで行うかは、本人の意向を最優先にしてください。「オープンにしてもいい」と本人が言うなら担任から短く説明してもらう選択肢があり、「絶対に知られたくない」と言うなら、その意思を尊重します。これは本人のアイデンティティに直結するので、家族や教師の都合で決めないでください。

試験中に症状が強く出てしまうお子さんは別室受験を、修学旅行や合宿などの集団行動については参加・不参加を選べる柔軟性を、事前に確保しておくと安心です。チック症状そのものが原因で不登校になるケースは多くありませんが、症状によって周囲から距離を置かれる、浮いている感覚に耐えられない、といった二次的な要因で学校に行きづらくなることはあります。

きょうだいがいる家庭での配慮

一人のお子さんに家族の関心と時間が集中することで、きょうだいが寂しさや不公平感を抱えることがあります。これは慢性疾患を持つ子のきょうだいに共通して見られる「ヤングケアラー的状況」とも言えます。

退院前のご家族指導でよくお伝えしたのは「きょうだいにも、その子だけの時間を週に何度か作る」ということでした。チック症状のあるお子さんの話題がいっさい出ない時間を、意図的にデザインする。これは贅沢ではなく、家族全体の安定のための必要経費です。

きょうだいには年齢に応じて説明を。小さな弟妹であれば「お兄ちゃんの体は、たまに自分で動いちゃうことがあるんだ。わざとじゃないから、見たことを言わないでいてあげようね」。情報の非対称をなくしておくと、きょうだいも「自分も家族の一員として支えている」という感覚を持ちやすくなります。

逆に、本人がきょうだいに対して罪悪感を抱えていることもあります。「家族はみんなが助け合って生きている。あなたのせいで家族が大変なのではない」という視点を、繰り返し伝えてあげてください。

思春期のチック — 自分を語り直す時期

小学生の頃にチックが始まったとしても、本人がそれを「自分のもの」として引き受け始めるのは、多くの場合思春期です。自我が育ち、自分を客観的に見る力が発達するこの時期に、チック症状という「自分の中の他人のような部分」とどう折り合いをつけるかという人生のテーマが本格的に浮上します。

思春期のお子さんは、症状を「隠したい」気持ちと「分かってほしい」気持ちの両方を抱えやすいです。学校では絶対に見られたくない、でも親友には知っていてほしい。この揺らぎは、アイデンティティ形成の一部です。家族は、本人が今どちらの気持ちにいるのかを観察しながら、「隠したい時期」を尊重し、「分かってほしい時期」には傾聴の場を提供する柔軟さが求められます。

同時に、思春期は症状そのものが変化しやすい時期でもあります。新しい種類のチックが現れたり、治まっていた症状が再発したり。「治ってきたのに、また悪化した」と感じる場面が出てきても、それは退行ではなく、思春期というステージの中での自然な揺らぎだと理解してください。長期的には、再び安定の方向に向かっていきます。

本人が症状について何かを語ろうとする時には、否定せず、急がず、聴ききってあげてください。「そんなことを言うものじゃない」「考えすぎだよ」と遮ると、本人の語る力そのものが閉じてしまいます。語ることは、症状を自分の中に位置づけ直す重要な工程です。

併存しやすい発達特性・他の症状

  • ADHD(注意欠如・多動症)——集中力の波が大きい、衝動性がある、落ち着きがない、といった特徴を併せ持つ場合があります。ADHD治療薬の中にはチックを悪化させる可能性があるものもあるため、医師と慎重に相談しながら進めます
  • 強迫症状(OCD)——「同じ動作を繰り返さないと気が済まない」「何度も手を洗いたくなる」。チックは無意識の動き、強迫はある程度意識的な行動という違いはありますが、本人にとってはどちらも「やめたくてもやめられない」体験です
  • 不安症状・うつ症状——チックを抱えながら学校や社会で過ごし続けることは大きなストレスで、二次的に不安や抑うつが出てくることがあります。とくに思春期は二次障害が出やすいタイミングです
  • ASD(自閉スペクトラム症)傾向——コミュニケーションの独特なパターン、強いこだわり、感覚過敏をもつお子さんがチックを併せ持つこともあります

こうした併存があると関わりがやや複雑になりますが、現代の児童精神医療はこれらを総合的に扱える体制を持っています。チックだけ、ADHDだけ、と分けるのではなく、お子さん全体の困りごとを一緒に整理してくれる主治医に出会えると、ご家族の安心感が大きく変わります。

将来への見通し — 進路と就労

長期的な経過として、チック症状は思春期に強くなった後、成人期に向けて軽快していく方が多いと報告されています。完全に消失するとは限りませんが、症状の頻度と強度が和らぎ、本人が日常生活のなかで管理できるレベルになっていくケースが多いです。「一生この状態が続くのではないか」というご家族の恐怖は、必ずしも現実とは一致しません。

進路選択は、本人の興味と適性を中心に。「チックがあるからこの進路は無理」という決めつけは早すぎます。実際、チックやトゥレット症を抱えながら、教員、医師、研究者、エンジニア、デザイナー、芸術家など、さまざまな分野で活躍されている方が国内外にいらっしゃいます。「症状を理由に諦める」よりも、「症状と付き合いながら進める職場環境」を探すという発想に切り替えるとよいでしょう。

リモートワーク、フレックスタイム、副業、フリーランス——「自分のペースで仕事ができる環境」を選べる可能性は、昔より格段に高くなっています。就労時のカミングアウトの判断は、本人の状態と職場の文化によってケースバイケース。ハローワークの障害者就労支援や、就労移行支援事業所など専門の窓口を早い段階から知っておくと、将来の選択肢が広がります。

家族としては、「将来は本人と社会が一緒に作っていくもの」という構えを持ってください。先回りして道を狭めず、本人が選ぶ権利を尊重しながら、必要なときに情報を提供する。これが、長い目で見た子育ての本質的な役割です。

受診の目安と相談先

  • 本人が日常生活で困っている——学校に行きづらい、友人関係に支障、勉強が手につかない、睡眠が乱れている
  • 本人が症状で苦しんでいる——「もうやめたい」「自分が嫌だ」と言葉にしている、明らかに憂うつそう。これは二次障害の入口に近い状態です
  • 自分や他人を傷つける動きが出ている——自分を強く叩く、髪を抜く、物を投げる。可能なかぎり早めに専門医療機関を受診してください
  • 症状が長期化している——半年以上続いている、症状の種類が増えている。診断によって治療や配慮の選択肢が広がるので、受診のメリットは大きいです

相談先は、まず小児科でも構いません。発達や神経の専門医に紹介してくれます。直接アクセスする場合は児童精神科・小児神経科が専門です。地域に専門医がいない場合は、市の発達支援センター、児童相談所、学校のスクールカウンセラーから紹介を受けるルートもあります。最初の窓口はどこでも構わないので、「気になる」と感じたら動いてみてください。

今夜これだけ

今夜チックが出ても、止めるよう促さないでいてみてください。本人がいちばん止めたいと思っている、という前提に立つだけで関わり方が変わります。

まとめ — 症状を抱えながら、それでも自分を生きる

チック症状は、本人の人格や努力の問題ではなく、脳の働き方から生じる医学的な症状です。家族の育て方が原因ではありません。完全な根治を目標にするのではなく、症状を抱えながら自分らしく生きていく構えを育てることが、長期的な回復の本質です。

Aさんとの3か月は、私自身が「症状の向こうにある本人」を見つめる視線を体得していった時間でもありました。看護の世界では、患者さんを「症状や疾患の集合体」として見るのか、「症状を抱えながら生きている一人の人間」として見るのかで、ケアの質が決まると言われます。これは、ご家庭でも同じです。

「うちの子はチックの子」と言うときの「チック」の重み。こうしたラベルは、本人を支える側に必要な情報ですが、本人をそのラベルの中に閉じ込めてしまう危険性も同時に持っています。ラベルを使いながら、ラベルに本人を閉じ込めない。ご家庭でも、お子さんを「チックの子」と呼ぶ代わりに、「絵が上手な子」「年下に優しい子」と、本人の多様な側面を意識的に言葉にしてみてください。小さな言い換えが、長い時間をかけて、本人の自己像を変えていきます。

看護師として子どもたちから受け取ってきた最大の贈り物は、「症状があっても自分は自分でいられる」という、本人の生きる力です。最初は症状を消したくて入院されてきたお子さんが、退院するときに「症状があってもいい」と思えるようになっていく。これは医療や看護の力というより、お子さん自身の中にもともとあった生命の力が、安全な環境のなかで自然に立ち上がっていく姿でした。

ご家族にできるのは、症状を消すことではなく、症状を抱えた本人を温かく見守り続けること。「そのままで大丈夫」というメッセージを、言葉と態度のなかで毎日伝えていくこと。本記事を最後まで読んでくださったということ自体が、お子さんと真剣に向き合ってこられた証です。どうかご自身を労りながら、一日ずつ穏やかに歩んでいってください。

※本記事は児童思春期精神科の看護師としての現場体験を基にした合成ケースであり、特定の患者さんの情報ではありません。医療的助言を行うものではありません。チック症状やトゥレット症についての具体的な相談は、必ず医療機関(児童精神科・小児神経科・神経内科など)を受診してください。緊急時は救急医療機関や、よりそいホットライン(0120-279-338)、いのちの電話などにご相談ください。

参考にした公的情報・一次情報

記事内の制度・相談先・健康情報は、以下を2026年8月15日に確認しています。

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【医療に関する免責事項】

本記事は、児童思春期精神科での看護経験に基づいた一般的な情報提供を目的としています。医療行為・診断・治療の代わりとなるものではありません。お子さんの心身の状態にご不安がある場合は、必ず主治医・かかりつけ医・スクールカウンセラー・地域の相談窓口など、お子さまを直接見ることのできる専門家にご相談ください。詳細は免責事項をご確認ください。

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児童相談所相談専用ダイヤル:0120-189-783(24時間)/虐待の心配は189
命に関わる危険があるときは、ためらわず119番へ。
出典:厚生労働省「まもろうよ こころ」(2026年7月確認)
児童思春期精神科の現場から
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