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これは、児童思春期精神科の病棟で出会った、ある思春期のお子さまを通して教えてもらった話です。本人とご家族の特定を避けるため、年齢や性別、家庭背景の細部は変えてあります。デリケートなテーマのため、苦手な方はご無理なさらず読み飛ばしてください。また、特定のお子さまの単独エピソードではなく、現場で繰り返し出会った複数のケースを再構成した「典型像」として描いています。
今日お伝えするのは、長袖の下にリストカットの傷を抱えていた、Dさん(仮)と過ごした時間のことです。傷を初めて見たあの夜、私が動揺しながら学んだのは、「責めない」「やめさせない」という、教科書には載っていなかった姿勢でした。
この記事は、お子さまの自傷行為を初めて知ったご家族、あるいはずっと気になりながら本人に切り出せずにいるご家族に届くことを願って書きました。自傷を「困った行動」ではなく「生きていくための処理」として捉え直すことで、ご家族の関わり方の選択肢が増えるはずです。なお、自傷行為はそのままにせず、必ず専門医療機関とつながってください。記事末尾の緊急連絡先も併せてご覧ください。
- この記事を書いている私について
- 初めて傷を見た夜の、私の動揺
- 「死にたいから」じゃない、Dさんの言葉
- 自傷の背景にある「脳と心」の仕組み
- 看護師として、私が選んだこと
- 自傷の「タイプ」を理解する
- 退院後、Dさんが教えてくれたこと
- ご家族にお伝えしたいこと
- 傷の手当て——家庭でできることと、医療機関に行くべき目安
- 学校との連携
- きょうだいへの配慮
- 夫婦・家族の温度差にどう向き合うか
- 親自身のセルフケア
- 入院を考えるタイミング
- 長期的な回復のイメージ
- リストカット以外の「自傷類似行動」も視野に
- SNS時代の自傷文化と、親が知っておくべきこと
- 自傷と摂食障害が同時に起こるとき
- 専門家が使う心理療法の種類
- 薬物療法について
- 親が自分の感情を扱うための具体的な技法
- 思春期から青年期への移行期で起こりやすいこと
- 緊急連絡先
- まとめ|「責めない」が、何より長く効く
- 同じ状況のご家族へ伝えたい3つのこと
- よくある質問(FAQ)
- 読者の方へのメッセージ
- 関連記事
- 著者プロフィール
- 免責事項
この記事を書いている私について
星野レンと申します。看護師歴8年、うち児童思春期精神科の病棟で5年勤務。自傷行為、不登校、発達障害、思春期のメンタル不調を抱えるお子さまとご家族のケアに従事してきました。現場で出会ったお子さまたちが教えてくれたことを、家庭で応用できる形で言葉にしていきます。
自傷行為は、児童思春期精神科の入院理由として非常に多い主訴の一つです。背景にはうつ病、不安症、PTSD、発達障害、摂食障害、適応障害など、さまざまな診断がついていますが、それ以上に共通しているのは、「言葉にできない苦しみを、身体の痛みでなんとか処理しようとしている」という、本人なりの必死の対処です。この記事は、その「対処」を奪うのではなく、「他の対処を一緒に見つける」スタンスで書いています。
初めて傷を見た夜の、私の動揺
担当して数日経った頃、入浴前のときにDさんの腕の傷を初めて目にしました。長袖の制服で隠していた腕の内側に、無数の細い線が走っていました。新しい傷もあれば、古いものもありました。色も深さもバラバラで、これだけのものを長期間ひとりで抱えてきたのかと思うと、胸が締めつけられました。
私はその場で平静を装いましたが、内心は「どうして」「止められなかった」「私に何ができる」という感情が一気に押し寄せました。看護師として落ち着かなければ、と頭では分かっていましたが、心は揺れていました。Dさんの目線を見ないようにしながら、淡々と処置の準備をする——その時の手の震えを、今でも覚えています。
処置中、Dさんは無言でした。私の方を見ようとせず、視線を床に落としたまま、腕を差し出してくれました。「責められる」と覚悟していた顔でした。きっと、これまでに何度も家庭で、学校で、責められてきたのでしょう。「なんでこんなことするの」「お母さんを悲しませないで」「もう絶対やめなさい」——そう言われ続けて、長袖の下にすべてを隠す習慣がついたのだろうと、想像がつきました。
その日、先輩看護師にこう打ち明けました。「傷を見るのが辛いです」。先輩は静かに言いました。「その辛さは、看護師としてずっと持っていていい。でも、それを本人にぶつけないこと」。そして続けました。「あの子は、傷を見せた瞬間、私たちにジャッジされるのを覚悟している。私たちが揺らがなかったら、それだけで『ここは安全な場所』というメッセージが伝わる」。
その夜、私は宿舎に帰って一人で泣きました。看護師としてプロフェッショナルに振る舞いたいけれど、人間として揺れない訳がない。「揺れる自分を本人に見せない」が看護師の仕事であり、揺れる感情そのものを否定する必要はない——先輩の言葉は、その後の看護観の核になりました。
「死にたいから」じゃない、Dさんの言葉
担当して2週間ほど経った頃、Dさんがぽつりと話してくれました。
「死にたくて切ってるんじゃない。切ると、ぐちゃぐちゃの感情が一瞬、リセットされる。それで明日も生きられる気がする」
この言葉は、私の自傷行為への理解を根底から変えました。多くのリストカットは「死ぬため」ではなく、「生きていくため」に行われている——強い感情を処理する手段が他に見つからず、痛みで一時的に心を整えている。
もちろん、自傷が続けばリスクは積み重なります。傷の感染、深さの増加、ある日「うっかり」深く切ってしまう事故、そして長期的には希死念慮との混ざり合い——リスクの管理は必要です。でも、「死にたいんでしょう、止めなさい」という単純なフレームでは、本当の苦しみに届かないのです。
後にDさんは、もう少し細かく話してくれました。「学校で嫌なことがあった夜、家に帰って何もできない自分が嫌で、頭の中がぐちゃぐちゃになる。切ると、その『ぐちゃぐちゃ』が一旦止まる。集中するのが痛みだけになるから。そのあと、傷を見て『あ、私まだ感じてる』って確認できる」。「感じる」ことすら難しくなった心が、痛みで自分の輪郭を確かめる——これが自傷の機能の核にあるのだと、Dさんの言葉から教わりました。
自傷の背景にある「脳と心」の仕組み
自傷行為がなぜ「楽になる」と感じられるのか、ごく入門的な範囲で説明します。理解すると、ご家族の関わりが変わります。
痛みを感じたとき、脳内ではエンドルフィンと呼ばれる物質が分泌されます。これは天然の鎮痛物質で、痛みを和らげるだけでなく、一時的に高揚感や落ち着きをもたらします。激しい運動の後の爽快感(ランナーズハイ)も、これと同じ仕組みです。自傷を繰り返すと、本人の中で「苦しい→切る→楽になる」という回路ができあがり、強いストレスへの「対処手段」として定着していきます。
もう一つの仕組みは、解離(かいり)と呼ばれる現象です。強い感情に圧倒されたとき、心が現実から少し離れて「ぼんやりした感覚」になることがあります。これは心が自分を守るための反応ですが、長く続くと「自分が自分じゃない感じ」「感じることができない感じ」が辛くなります。自傷の痛みは、その解離状態から「現実に戻る」きっかけとして機能することがあります。
つまり、自傷は「感情を抑えるため」と「感情を取り戻すため」という、相反する機能の両方を持ち得るのです。本人が「ぐちゃぐちゃが止まる」と言うこともあれば、「やっと感じる」と言うこともあります。どちらにせよ、自傷は本人にとって「役に立っている」行動です。だからこそ、「やめなさい」と言うだけでは、代わりの対処がない状態で本人を放り出すことになります。
看護師として、私が選んだこと
①「責めない」を徹底する
傷を見ても、責めない。叱らない。表情を曇らせない。淡々と、傷の処置をする。これは技術的に難しいことでしたが、「あなたの存在ごと否定しない」というメッセージを行動で示し続けるしかありませんでした。
「責めない」は、ただ叱らないということではありません。表情、声のトーン、姿勢、視線——すべてに「あなたはここにいていい」というメッセージを乗せる、というプロの姿勢です。最初は意識的にやっていましたが、繰り返すうちに自然になっていきました。本人もそれを感じてくれたのか、少しずつ目線を上げてくれるようになりました。
②「やめる」を目標にしない
「絶対やめなさい」「約束して」は、Dさんを追い詰めるだけだと分かっていました。代わりに目指したのは、「感情を処理する別の手段を一緒に見つける」こと。
- 氷を握る(痛みの代替)
- 輪ゴムを手首に弾く
- 赤いペンで切りたい場所に線を引く
- 激しい運動(縄跳び・ジャンプ・スクワット)
- 冷たいシャワーや冷水で顔を洗う
- 大きな音でお気に入りの音楽を聴く
- 枕やクッションに思い切り叫ぶ
- 紙を破る、雑巾を絞る
- 信頼できる誰かにSOSを送る(短い「つらい」だけでも)
これらの「代替の対処法」をDさんと一緒に試しました。すぐ完璧に切り替わるわけではないけれど、選択肢が増えると、自傷以外で乗り切れる夜が少しずつ増えていく。
代替手段を選ぶときのコツは、「自傷と似た刺激を、無害なやり方で得る」こと。冷たさは痛みに近い感覚を生み、運動はエンドルフィンを分泌させ、大きな音は意識を切り替えてくれます。本人の好みや、その時の状態に合わせて、いくつかの「武器」を準備しておくのが現実的です。
③感情の言語化を支える
「何がしんどいのか分からないけど、しんどい」という言葉にならない苦しみを、少しずつ言葉に置き換える練習を一緒にしました。「ぐちゃぐちゃ」を「悲しい」「悔しい」「不安」と細かく分けていく。これは認知行動療法の入り口でもあります。
言語化のトレーニングとしては、「感情カード」を使う方法がよく知られています。30〜50種類の感情の名前が書かれたカードを並べ、「今の自分に近いのはどれ?」と選んでもらう。「悲しい」と「寂しい」、「悔しい」と「ふがいない」、「怒り」と「失望」——似ているようで違う感情を区別できるようになると、自分の中の「ぐちゃぐちゃ」が整理されていきます。
家庭でも応用できる形としては、寝る前の「今日のひとこと日記」がおすすめです。「今日の気持ちは何だった?」と、一日一つだけ、感情を言葉にする習慣を作る。SNSやスマホアプリでも、紙のノートでも構いません。続けるうちに、本人の中で「自分の状態を言葉にできる回路」が育ちます。
自傷の「タイプ」を理解する
自傷行為はひとくくりにできない、いくつかの異なるパターンがあります。タイプによって背景も対応も変わるので、簡単に整理しておきます。
衝動型
強いストレスや感情の波に対して、その場で衝動的に行う自傷。考える間もなく、刃物を手にしてしまうタイプ。事前の計画はなく、後から「なんでやったか分からない」と本人も困惑することが多いです。ADHD傾向や、感情調整の難しさを抱えるお子さまに多い印象です。
対応の核は、「衝動が起きた瞬間に間に挟む行動」を準備しておくこと。冷水を顔にかける、5分間外を歩く、特定の人に電話する——「考える前にこの行動」というルーチンを、平時のうちに本人と一緒に作っておきます。
慢性・常習型
定期的に、ほぼ毎日のように行う自傷。寝る前のルーチンになっている、特定の場所で必ず行う、傷の数を数えている——習慣化しているタイプ。自傷が「儀式」や「自己管理の手段」のように感じられている状態です。
対応の核は、「習慣を別の習慣に置き換える」こと。寝る前のルーチンを「日記を書く」「お風呂で湯船に5分浸かる」「好きな音楽を1曲聴く」など、自傷の代わりに「自分をケアする時間」を作っていきます。一気に置き換えるのは難しいので、週単位で少しずつ移行します。
解離型
「気がついたら切っていた」「やった記憶が薄い」というタイプ。強い解離状態の中で行われる自傷で、本人も「コントロールできない」と感じています。トラウマ体験や、強い慢性ストレスの背景があることが多いです。
このタイプは、家庭での対応だけでは難しいことが多く、必ず専門医療機関の継続的な治療が必要です。トラウマインフォームドケアの知見を持つ専門家とつながり、解離の背景にあるものに丁寧にアプローチしていきます。
アピール・関係性型
誰かに気づいてほしい、自分の苦しみを分かってほしい、という関係性の文脈で行う自傷。これを「アピールだから無視していい」と捉えるのは大きな誤解です。「言葉ではどうしても届かない苦しみがある」サインであり、本人にとって命がけのSOSです。
対応の核は、「自傷ではない方法で気持ちを伝えられる関係を作る」こと。本人が「親に話せば聞いてくれる」「先生に伝えれば動いてくれる」と感じられる関係性を、平時のうちに育てていく。これは時間のかかるプロセスですが、最も本質的な対応です。
退院後、Dさんが教えてくれたこと
退院前のある日、Dさんが言いました。
「これから先も、たぶんまた切る日があるかもしれない。でも、切らない選択肢があるって覚えただけで、ちょっと違う」
これは私にとって希望の言葉でした。完全に止まらなくても、「他の手段を持っている自分」を本人が認識できれば、長い目で見ると確実に軽くなっていく。回復はゼロかイチではなく、グラデーションのような形で進みます。
退院から半年後、外来でお会いしたDさんは、傷の頻度がぐっと減っていました。完全にやめたわけではなく、月に1〜2回はまだ切ることがあるとのこと。でも、「氷を握って乗り切れた夜」「友達にLINEして話を聞いてもらった夜」「お風呂で長時間浸かって落ち着いた夜」も増えていて、自傷以外で乗り切れた経験が、本人の自信になっていました。
「治った」のではなく、「他の選択肢が増えた」。これが、現場で目指す回復のかたちです。完璧を求めると、本人もご家族も挫折します。「少しずつ減っていく」「他の手段を持つ日が増える」——このグラデーションを、長期で見守る姿勢が、結果として最短の回復につながります。
Dさんが退院前に書いてくれたメモには、こうありました。「責められなかったから、ここに来てよかった」。シンプルな一行ですが、これが現場で目指す関わりの結果として残る言葉だと、私は思っています。お子さまが「ここに話してよかった」と思える関係を、ご家族が家庭の中で作っていくこと——それが、医療機関と並行して進めていく最も本質的なケアです。
ご家族にお伝えしたいこと
①最初の数分で勝負が決まる
傷を発見した瞬間の親の対応で、その後お子さまが親に話してくれるかどうかが決まります。「話してくれてありがとう」「怒ってないよ」「一緒に考えよう」を最初に伝えてください。
避けたい反応の典型は、次のようなものです。「なんでこんなことしたの!」と詰問する。「お母さんがどれだけ悲しいか分かる?」と罪悪感を植え付ける。「絶対やめるって約束して」と無理な約束を迫る。「学校の先生に言わなきゃ」と本人の同意なく動く。「明日から目を離さない」と監視を強める。どれも親としては自然な反応ですが、本人を「もう絶対見せない」方向に追いやってしまいます。
代わりに伝えたいのは、次のような言葉です。「気づけてよかった」「ずっと一人で抱えてたんだね」「話してくれてありがとう」「責めるためにこの話をしてるんじゃないよ」「これからどうしたらいいか、一緒に考えていこう」。本人が「ここに話してよかった」と感じる関わりを、最初の数分で示せるかどうかが、その後の関係性を決めます。
②「やめさせる」は目標にしない
家庭で「絶対やめろ」モードに入ると、お子さまは隠れてするようになります。「一緒に他の方法を見つけよう」という姿勢に切り替えてください。
「やめさせる」が目標になると、本人は「自分の対処法を奪う敵」として親を見ます。代わりに目指したいのは、「自傷の頻度を少しずつ減らす」「代替手段で乗り切れる日を増やす」「必要なときに親や専門家にSOSを出せる関係を作る」という、より現実的なゴールです。
③親も一人で抱えない
「恥ずかしい」「知られたくない」と親だけで抱える時期が一番危険です。児童精神科・心療内科に早めに繋がってください。本人が受診を嫌がる場合、親だけの相談から始められます。
家庭の中だけで自傷を抱え込むと、ご家族のメンタルが先に限界を迎えます。深夜、本人の部屋から物音がするたびに起き上がる、長袖を着るたびにヒヤヒヤする、刃物の管理に神経を使う、配偶者と方針が食い違って喧嘩になる——こうした緊張が続くと、家庭全体が機能不全に近づきます。
早めに専門家に繋がる利点は、ご家族自身の心理的負担が分散されること、緊急時の連絡先ができること、本人にも「家族以外に頼れる場所がある」という安心が生まれること、薬物療法の選択肢が開けること——多岐に渡ります。「まだ大したことない」と感じる段階で予約を取り始めるのが、結果として最も賢明な動きです。
傷の手当て——家庭でできることと、医療機関に行くべき目安
自傷の傷を家庭でどう手当てするかは、ご家族からよく質問されるポイントです。基本的な考え方をお伝えします。
家庭でできる基本処置
浅い表面的な傷の場合、まずは流水でしっかり洗浄します。傷の中の汚れや雑菌を洗い流すのが目的です。次に、清潔なガーゼで軽く押さえて止血。出血が止まったら、ワセリンや傷パッドで保護します。消毒液の使用については、最近は「過度な消毒は治癒を遅らせる」とされており、流水洗浄+保湿の方が推奨されることも増えています。
処置中の声かけは、なるべく淡々と。「ちょっと染みるかもしれないね」「血、止まってきたね」「軟膏塗っておくね」——医療的なコメントだけに留めて、心理的なコメント(「なんでこんな深く切ったの」など)は避けます。本人が「責められていない」と感じる時間を、処置の間に作るのが大切です。
医療機関に行くべき目安
- 傷が深い(脂肪や筋肉が見えるレベル)
- 出血が15分以上止まらない
- 切った刃物が錆びていた、または汚れていた
- 傷の周りが赤く腫れている、熱を持っている、膿が出ている
- 発熱を伴う
- 顔・首・胸・腹など腕以外の部位
- 本人が「もう少し深くいけば死ねる」と発言している
- 意識がはっきりしない、大量出血
これらに該当する場合は、迷わず救急受診してください。意識障害や大量出血があれば119、それ以外で迷ったら#7119(救急相談)に電話します。皮膚科や形成外科でも処置を受けられますが、自傷の背景には精神医療的な対応が必要なので、その後に必ず児童精神科・心療内科にもつないでください。
学校との連携
自傷を抱えるお子さまの学校生活では、養護教諭やスクールカウンセラーとの連携が、家庭にとって大きな支えになります。本人の同意を取った上で、学校に何をどこまで伝えるかを話し合っておくと、いざという時の動きがスムーズです。
伝える基本情報としては、次のようなものが考えられます。「現在通院していること」「危険のサインが出たらすぐ家庭に連絡してほしいこと」「体育の着替えなど、傷が見える場面での配慮」「保健室を安心できる場所として使えるようにしてほしいこと」「学校でしんどくなったら早退できる仕組み」。すべてを話す必要はなく、本人と相談しながら、必要な範囲で共有します。
本人が「学校に知られたくない」と強く言う場合は、無理に伝える必要はありません。ただ、最低限「学校からの帰り道で危ないことがあったら連絡してほしい」など、ピンポイントの依頼だけでも、伝えておくと家庭の負担が減ります。「全部か、ゼロか」ではなく、「どこまでなら共有していいか」を本人と話し合うのがコツです。
担任の先生によっては、自傷についての知識が十分でないこともあります。「ファッションでやってるんでしょ」「気を引きたいだけ」「もっと大変な子がいる」——心ない反応に出会うことも、残念ながらあります。そういうときは、無理に担任に頼らず、養護教諭・スクールカウンセラー・特別支援コーディネーターなど、別のルートを探してください。一人の先生で行き詰まっても、学校全体には支援できる人がいることが多いです。
きょうだいへの配慮
自傷を抱えるお子さまにきょうだいがいる場合、そのきょうだいへの配慮も忘れないでください。きょうだいは、家庭内の緊張を敏感に感じ取っています。「お姉ちゃん(お兄ちゃん)が何かしているらしい」「親が深刻な顔で話している」「私のことは後回しになっている」——そうした感覚が、長期的にきょうだい自身のメンタルにも影響します。
具体的な対応として、まず「年齢に応じた説明」を考えます。小学生以下なら「お姉ちゃんは少し心が疲れていて、お医者さんに通っているよ」程度で十分。中学生以上なら、本人の同意を取った上で、もう少し具体的に「自分の体を傷つけてしまうことがある」と伝えることもあります。情報を伏せすぎると、きょうだいが想像で不安を膨らませることがあるので、適度な情報共有はむしろ安心につながります。
そして、きょうだいに「監視役」「世話役」を担わせないこと。「お姉ちゃんを見てて」「変なことしてないか確認してきて」と頼むと、きょうだい自身が責任を背負い、自分の人生を生きづらくなります。きょうだいはきょうだいで、自分の時間・友達・趣味を持って、自分の人生を歩む権利があります。
月に一度でも、「きょうだいだけの時間」を意識的に確保してください。一緒にカフェに行く、好きな映画を見に行く、ゲームをする時間——本人の前ではなく、家族で意識的に「きょうだいだけの瞬間」を作る。これが、きょうだいの自己肯定感を守る最低ラインです。
夫婦・家族の温度差にどう向き合うか
自傷をめぐって、夫婦の対応方針が違うことは、現場でよく聞く悩みです。「お父さんは『そんなの根性が足りないだけ』と言う」「お母さんは過保護すぎる」——どちらが正しいということではなく、方針の不一致そのものがお子さまの混乱を生むのです。
夫婦で揃えておきたい最低限の方針は、次の3つです。一つめは、「責めない」。二つめは、「やめさせるではなく代替を一緒に探す」。三つめは、「専門家につながる」。この3つだけ揃っていれば、細かい対応に違いがあっても、本人にとっての安全基地は崩れません。
そして、夫婦で話す時間を、本人がいないところで定期的に持つこと。週に一度の夜、月に一度の外食、お風呂の中——本人が見ていない場所で、感情を出して話し合う時間を確保します。「今週はこんなことがあった」「次の波が来たらどう動くか」を、感情的にならない時間に話しておくと、いざという時の連携が崩れません。
祖父母世代に伝えるときも、慎重に。「リストカット」という言葉が衝撃的すぎて、ストレートに伝えると関係が悪化することがあります。「心が辛くて自分を傷つけてしまうことがある」「お医者さんと一緒に治療している」「今は責めるのではなく、見守ってほしい」と、お願いベースで伝えるのが現実的です。
親自身のセルフケア
お子さまの自傷を支えるご家族は、想像以上に消耗します。「いつ次の傷が増えるか」という緊張、深夜の物音への過敏な反応、刃物管理の徹底、配偶者との温度差、きょうだいへの配慮、学校との連携——気を張る場面が多すぎて、ご家族自身のメンタルが先に倒れることがあります。
セルフケアの基本は、次のようなものです。睡眠を死守する——睡眠が削られると判断力もメンタルも一気に崩れます。配偶者と「夜は交代で見守る」体制を作るか、必要なら睡眠導入剤を主治医に相談するのも選択肢です。
同じ立場の人とつながる——自傷を抱えるご家族の集まり、SNSのコミュニティ、オンラインの相談グループなど。「うちだけじゃない」という体験が、ご家族の孤立感を解きます。Twitter(X)、Instagram、専用のフォーラムなど、匿名で参加できる場も多数あります。
カウンセリングを使う——ご家族自身が、専門家に話を聞いてもらう時間を確保してください。お子さまのことだけでなく、ご家族自身の幼少期や人生も整理する機会になります。心療内科、臨床心理士のカウンセリング、地域の家族会など、選択肢は意外と多いです。
深夜に不安が強くなるご家族には、24時間対応の電話相談やチャット相談を予め知っておくことをおすすめします。「深夜の不安を24時間相談できる窓口」もご参考にしてみてください。「自分の心を整える時間」を持っているご家族の方が、結果としてお子さまへの関わりも安定します。
そして、もし読書する余裕すらないほど疲れているなら、耳で聴く育児書という選択肢もあります。家事や移動中に流すだけで、新しい視点が入ってくる感覚は、本を開く力がない時期にこそ役に立ちます。「Audibleで耳で読む育児書」もご覧ください。
入院を考えるタイミング
自傷が深刻化したとき、児童精神科の入院を検討する場面があります。判断の目安は次のようなものです。
- 自傷の深さや頻度が急激に増している
- 「死にたい」「もう生きていたくない」という言葉が混ざる
- 家庭での安全確保が難しい(刃物の隠蔽が困難、本人が一人になる時間が長い)
- ご家族のメンタルが限界に近づいている
- 外来通院だけでは改善が見えず、薬物療法の調整が必要
- 食事・睡眠・生活リズムが大きく崩れている
入院は「家庭が失敗したから」ではなく、「本人とご家族の両方が一度休むための場」として機能します。本人は構造化された環境の中で自分の状態を整え、ご家族は介護負担から一時的に解放されて自分のケアに時間を使えます。退院後の生活設計を、ご家族とスタッフが一緒に練る時間も取れます。
「入院させるなんてかわいそう」「親として失格」と感じるご家族も多いのですが、現場で見ていると入院が転機になって関係が立て直されるケースは少なくありません。本人も「家族と距離を取って自分を見つめる時間ができた」と振り返ることが多いです。入院を「選択肢として持っておく」だけでも、ご家族の心理的余裕が変わります。
長期的な回復のイメージ
自傷からの回復は、短期で結果が出るものではありません。月単位、年単位で、少しずつ波が減っていくものとイメージしてください。
現場で見てきた典型的な回復のステージを、参考までに記します。第1ステージ:「気づいてもらえた」段階——本人が自傷を周囲に知られ、責められず、受け止められた経験を持つ。ここで「ここは安全」と感じられるかが、その後の起点になります。
第2ステージ:「代替手段を試す」段階——自傷以外の方法で苦しい夜を乗り切る経験を、少しずつ積む。最初は週に一度成功するかしないか、というレベルでも、「やれた経験」が本人の自信になります。
第3ステージ:「感情を言葉にできる」段階——「ぐちゃぐちゃ」だった感情が、「悲しい」「怒っている」「不安」と分解できるようになる。言葉になった感情は、行動に出すしかない感情より、ずっと扱いやすくなります。
第4ステージ:「自傷の頻度が下がる」段階——月に何度もあった自傷が、月に数回、季節に一度、年に一度——と減っていく。完全になくならなくても、頻度と強度が下がれば、十分な回復です。
第5ステージ:「過去を語れる」段階——自傷していた時期を、本人が振り返って言葉にできるようになる。傷跡を恥じるのではなく、「あの頃の自分を生かしてくれた行動」として捉え直せる。ここまで来ると、本人の中で「終わり」として整理されます。
各ステージを移るのに数ヶ月〜数年かかります。途中で後戻りすることも珍しくありません。「上がったり下がったりしながら、長期で見ると上がっている」——このグラデーションを信じて、長期戦を覚悟することが、ご家族にとっての最大の備えです。
リストカット以外の「自傷類似行動」も視野に
自傷というとリストカットがイメージされがちですが、現場で出会う自傷の形は多様です。背景にある「自分を傷つけてバランスを取ろうとする心の動き」は同じなので、ご家族にも知っておいていただきたいバリエーションを記します。
皮膚むしり症(皮膚剥皮症)——にきびや傷をいじり続けてしまう、顔・腕・指の皮を剥き続けてしまう行動。本人が「気づいたらやっていた」「やめられない」と感じている場合、自傷のスペクトラムに入ります。化粧では隠しきれないほど悪化することもあります。
抜毛症——髪、まつげ、眉毛を抜き続ける行動。緊張・不安が高まる場面で増えやすく、ストレスへの対処として定着していることがあります。脱毛斑が目立つようになると、本人の自尊心がさらに低下します。
爪噛み・指噛み——大人になっても続く重度の爪噛み、指の側面を噛み続けて出血する、口腔内を噛む——これらも自傷のスペクトラムです。「癖だから」と軽視されがちですが、深刻化する前に対処が必要です。
頭を壁にぶつける、自分を叩く——癇癪と重なる場面もありますが、習慣化していると自傷として扱います。発達特性のあるお子さまに見られることもあります。
食行動異常(過食・嘔吐・極端な制限)——摂食障害は単独の診断としても重要ですが、「自分の体をコントロールできない苦しさを、食でなんとかしようとしている」点で、自傷と重なる側面があります。リストカットと摂食障害が並存するケースも、現場ではよく見られます。
過量服薬(オーバードーズ)——市販薬や処方薬を一度に大量に飲む行動。これは命に関わる深刻な自傷であり、別記事「市販薬の大量服薬で運ばれてきた高校生Gさん」でも詳しく扱っています。
危険な行動(無謀な運転、危ない場所での歩行など)——直接的な自傷ではないけれど、「死んでも構わない」「事故に遭えばラッキー」といった気持ちで危険を選ぶ行動も、自傷の一形態として捉えます。
これらは独立した行動として現れることもあれば、リストカットとセットで起こることもあります。一つの行動を止めても別の行動に移ることがあるので、表面の行動だけでなく、背景にある「自分を傷つけてバランスを取ろうとする心の動き」そのものに、ご家族と専門家がアプローチしていく必要があります。
SNS時代の自傷文化と、親が知っておくべきこと
スマホとSNSが当たり前になった今、自傷を取り巻く環境は10年前と大きく変わりました。ご家族が知っておきたい現代的な特徴を整理します。
傷の写真がSNSで共有される——Twitter(X)やInstagramには、自傷を抱える人たちが匿名で集まるコミュニティがあります。傷の写真を投稿する、似た境遇の人と交流する、励まし合う——「自分だけじゃない」と感じられる場所として機能している一方、刺激し合って自傷がエスカレートするリスクもあります。
「メンヘラ」「病み」文化への所属感——自傷を抱えていることが、特定の文化圏(メンヘラ文化、サブカル界隈、推し活コミュニティの一部など)で「アイデンティティの一部」として受け入れられる現象があります。本人にとっては居場所として機能している面もあるので、ご家族が「そんなものに関わるな」と切断するのは逆効果になることがあります。
動画コンテンツの影響——TikTok・YouTubeで自傷をテーマにしたコンテンツが流通しており、本人がそれに触れることでイメージを強化することがあります。ご家族が把握できるレベルでフィルタリングするのは現実的に困難なので、「禁止」より「気持ちを話せる関係を作る」方向で対応します。
オンライン相談窓口の充実——逆に、これは良い変化です。チャット相談、LINE相談、Discordコミュニティのピアサポートなど、深夜にひとりで苦しんでいる時間に、誰かと繋がれる手段が増えています。「あなたのいばしょ」のチャット相談などは、自傷を抱える若者が実際に多く利用しています。
ご家族としての立ち位置は、「SNSを禁止する」のではなく、「本人がSNSで何を見ているか、どんなコミュニティに所属しているかに、適度な関心を持つ」こと。完全な監視は不可能ですし、本人の信頼を失うだけです。「最近、どんなアカウントをフォローしてるの?」と、雑談の中で軽く話題にする程度の関わりが、現実的なバランスです。
自傷と摂食障害が同時に起こるとき
現場でしばしば見られるのが、リストカットと摂食障害(過食・嘔吐・極端な食事制限)が並存するケースです。どちらも「自分の体をコントロールできない苦しさを、自分の体に対する別の行動でコントロールしようとしている」点で、根が共通しています。
並存しているとき、対応が単独のケースより難しくなることがあります。リストカットを抑えようとすると過食が増える、過食を抑えようとするとリストカットが増える、というシーソー現象が起こることがあるからです。
このタイプは、家庭での対応だけでは難しく、摂食障害も扱える専門医療機関での治療が必要です。児童精神科と内科(栄養管理)の連携、心理療法、必要なら入院治療——複数の専門家がチームで関わることで、シーソー現象を超えて回復していきます。
専門家が使う心理療法の種類
児童精神科や心療内科で行われる、自傷への代表的な心理療法を簡単にご紹介します。「うちの子の主治医はどんな治療をしているのか」を理解しておくと、ご家族の協力がしやすくなります。
認知行動療法(CBT)——「ぐちゃぐちゃの感情」を言葉に分け、考え方のクセを整える療法です。「学校で発表でうまくいかなかった→自分はダメ→死にたい」という思考の流れを、「うまくいかなかった→次はこうしてみよう」と書き換えていく練習を、セッションの中で繰り返します。自傷の予防に効果的とされており、思春期のお子さまにも適応できます。
弁証法的行動療法(DBT)——もともと境界性パーソナリティ障害の治療として開発された療法ですが、自傷を抱える思春期の方にも適応されることがあります。感情調整スキル、対人関係スキル、苦悩耐性スキルなどを、グループで学んでいくのが特徴です。「冷たい刺激で気をそらす」「呼吸法で落ち着く」など、現場で使えるスキルを増やしていきます。
家族療法——本人だけでなく、ご家族も含めて行うセッションです。家族の中のコミュニケーションパターン、暗黙のルール、世代を超えた繰り返しなどを、家族みんなで見直していきます。自傷の背景に家族関係の歪みがあるケースで、特に効果を発揮します。
マインドフルネスベースの療法——「今、ここ」に意識を向ける練習を通じて、感情の波に流されにくくなるトレーニングです。瞑想や呼吸法を取り入れることもあります。比較的副作用が少なく、習慣化しやすいのが利点です。
これらは医療機関で受ける場合がほとんどですが、書籍やワークブックを使って家庭でも入門的なトレーニングができるものもあります。主治医に「家庭で取り組めるトレーニングはありますか?」と尋ねてみると、推奨される本やアプリを紹介してもらえることがあります。
薬物療法について
自傷の背景に、うつ病・不安症・ADHD・PTSDなどの診断がついた場合、医師から薬物療法を提案されることがあります。ご家族としては「薬に頼っていいのか」と迷う場面ですが、基本的な考え方を整理します。
薬は「性格を変える」ものではなく、「波の高さを少し下げる」もの。これだけで自傷が完全に止まるわけではありませんが、波が低くなることで、心理療法や家族の関わりが効きやすくなります。薬と心理療法・家族関係の整備を組み合わせることで、相乗効果が生まれます。
主治医に薬を勧められたとき、納得して始めるために尋ねたい3つの質問があります。「この薬で期待できる効果は何ですか?」「主な副作用と、出たときの対処は?」「どれくらいの期間飲むイメージで、やめるときはどうしますか?」。これらを確認してから始めることで、不安が減ります。
子どもへの向精神薬の使用には慎重な判断が必要ですが、「薬を完全に避ける」ことが必ずしも本人のためになるとは限りません。苦しさが続いて勉強や友人関係が崩れていく方が、長期的なリスクが大きいこともあるからです。主治医と十分に話し合い、ご家族とお子さまも納得した上で、判断してください。
親が自分の感情を扱うための具体的な技法
「責めない」「揺れる感情を本人にぶつけない」ためには、ご家族自身が感情を扱う技法を持っておくと楽になります。現場で実践しているものを、家庭向けにアレンジしてご紹介します。
感情を外に出す場所を決める——家の中の特定の場所(寝室、お風呂、車の中など)を「感情を出す場所」に決めておきます。本人の前では出さなくていい、その場所では泣いてもいい、怒鳴ってもいい。場所と感情を結びつけておくと、本人の前で感情が漏れにくくなります。
5秒ルール——本人と話している最中に動揺を感じたら、心の中で5秒数えてから次の言葉を返す。たった5秒ですが、反射的な「なんで!」「ダメでしょ!」を抑えるのに十分です。深呼吸を一回挟むだけでも、声のトーンが落ち着きます。
後から書く——本人と話したあと、感じたことを紙に書き出す。「腹立った」「悲しかった」「怖かった」「不安」——本人の前では出せなかった感情を、紙の上に出す。誰にも見せなくていい、書き終わったら捨てていい。感情を「処理する」場所として、紙とペンが意外と役に立ちます。
身体を動かす——感情が溜まったら、散歩、ジョギング、ストレッチ、家事を激しくやる、車を念入りに洗うなど、身体を使う行動に置き換えます。感情はエネルギーなので、身体を動かすことで代謝されます。
「親としての自分」と「ひとりの人間としての自分」を切り分ける——子どもに対する役割の中で動揺している自分と、ひとりの人間として疲れている自分を、意識的に切り分けます。「親として」は冷静でいなければいけない場面でも、「ひとりの人間として」は泣いていいし、怒っていい。役割を脱ぐ時間を確保することが、長期戦の鍵です。
思春期から青年期への移行期で起こりやすいこと
自傷を抱える思春期のお子さまが、高校卒業や進路選択の時期を迎えるとき、いくつか注意しておきたい移行期のサインがあります。
進路が決まるタイミングで自傷が増えることがあります。「次の環境に行けない自分」「期待に応えられない自分」へのプレッシャーが、波として現れやすい時期です。受験、就職、一人暮らしの開始——「環境が変わる」というだけで、本人にとっては大きな負荷になります。
一方、進路が落ち着くと、自傷が自然に減るケースもあります。新しい環境で新しい関係性ができ、自分の居場所が見つかると、過去の対処法に頼らなくなる——これは現場でしばしば見られる回復のパターンです。「環境が変われば、本人も変わる」——ご家族はこの可能性を信じて、進路選択の時期を一緒に乗り切ってください。
大学進学・一人暮らしを始める場合、地元の主治医と新生活先の医療機関の連携が大事になります。引っ越し前に、紹介状を書いてもらい、新天地のクリニックの初診予約を入れておく——この準備を「予防的に」しておくと、本人が一人になっても、孤立せずに済みます。
そして、大学・職場には、学生相談室・産業医・カウンセリング室など、若い世代向けのメンタル支援窓口が用意されています。これらの存在を、進学・就職時に本人と一緒に確認しておくと、いざという時の心理的なハードルが下がります。「ひとりじゃない、頼れる場所がある」——この感覚を、新生活の準備段階から育てていくことが、移行期の最大の備えです。
緊急連絡先
- 救急(119):傷が深い・止血困難・意識低下・大量服薬
- #7119:救急要否の相談(24時間対応の地域あり)
- いのちの電話(0570-783-556、10〜22時)
- よりそいホットライン(0120-279-338、24時間無料)
- こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)
- チャイルドライン(0120-99-7777、18歳までの子ども向け)
- 24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)
- あなたのいばしょチャット相談:webサイトから24時間チャット
- 児童相談所虐待対応ダイヤル:189(24時間)
- 精神科救急情報センター:各都道府県に設置(地域名+精神科救急で検索)
迷ったら、まず電話してください。「呼ぶほどじゃないかも」と感じている時点で、相談する価値があります。電話の方が「これは119を呼ぶ案件」「これは様子を見て大丈夫」と一緒に判断してくれます。一人で抱え込まず、声を出すことが最大の予防策です。
まとめ|「責めない」が、何より長く効く
Dさんが教えてくれたのは、「自傷の向こうには、生きようとしている本人がいる」ということでした。リストカットは、死ぬためではなく、生きていくための処理。痛みでぐちゃぐちゃの感情を一旦止めて、明日を迎えるための、本人なりの必死の対処です。
傷を見つけた瞬間、ご家族の心は揺れます。それは自然な反応です。でも、その動揺を本人にぶつけずに、「話してくれてありがとう、一緒に考えよう」から始めてください。それだけで、お子さまの中の「ひとりじゃない」が少し育ちます。
専門家を頼ること。家族だけで抱え込まないこと。これだけは、絶対に忘れないでください。そして、ご家族自身のケアも忘れずに。あなたが倒れたら、お子さまを支える土台がなくなります。「親が無事でいる」ことが、お子さまの長期的な回復の前提です。
同じ状況のご家族へ伝えたい3つのこと
①「責めない」が最初の一歩
自傷の跡を見つけた瞬間、親御さんは凍りつき、「なんで」「やめて」と詰め寄りたくなります。けれど、責められた本人は「もう絶対見せない」「もっと隠す」方向に進みます。「気づいてくれてよかった」と本人に思ってもらえる反応を、最初に取れるかどうかが、その後を大きく変えます。動揺を本人にぶつけないために、自分の感情は寝室や車の中で出す——そんな「感情の出す場所と出さない場所」の使い分けが、ご家族の生存戦略になります。
②「やめさせる」より「代わりを探す」
自傷は本人にとって「感情を整える手段」になっていることが多いです。「やめなさい」だけ言うと、代わりの手段がないまま追い詰めることに。氷を握る、輪ゴムを弾く、紙を破る、激しい運動など、「自分を傷つけない代替手段」を一緒に探す姿勢が現実的です。複数の手段を試して、本人にしっくりくるものを見つけていく時間そのものが、本人にとっての「対処の引き出し」を増やす作業になります。
③専門家に必ずつなぐ
自傷は、家族だけで対応すべきテーマではありません。児童精神科、心療内科、スクールカウンセラー、いのちの電話、よりそいホットライン、頼れる先と早めに繋がってください。「専門家に話してみよう」と一緒に行く姿勢が、本人にとっての安心になります。本人が嫌がる場合は、ご家族だけの相談から始めても構いません。「親が動き始めた」という事実そのものが、本人にとっての変化のきっかけになることがあります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 見つけた瞬間どう反応する?
「これ、どうしたの?」と落ち着いて聞く。「ダメ!」と叫ばない。本人が答えなくても、「気にかけている」と伝えるだけで、最初の関わりは十分です。具体的な声かけ例としては「気づいたよ。怒ってないよ」「ずっと一人で抱えてたんだね」「話せるときに話してくれていいよ」など。すぐ全部聞き出そうとしなくて構いません。「ここに話してもいい」と感じてもらうことが、最初のゴールです。
Q2. すぐ受診すべき?
はい、できるだけ早く(その週のうちに)。傷の手当ても兼ねて、まず小児科や皮膚科でもOKです。同時に、児童精神科への予約も取っておくと、流れがスムーズです。児童精神科は初診まで1〜3ヶ月待ちのことが多いので、「すぐ予約だけ取っておく」のが鉄則。地域の発達支援センター、保健センターでも初動の相談に乗ってくれます。
Q3. 学校に伝えるべき?
本人の同意を取った上で、養護教諭やスクールカウンセラーに伝えると、学校での見守りが手厚くなります。「本人が嫌がる」場合は、無理に伝えなくてもいい。ただ、「危険なサインがあれば連絡してほしい」と最低限のお願いを学校にしておくと安心です。担任ではなく、養護教諭やSCに伝えるルートを選ぶと、本人の心理的負担が減ります。
Q4. 刃物などを隠すべき?
家庭内で目に見える刃物・薬剤を遠ざけるのは、現実的な対応です。「信頼していないわけではないけど、念のため」と本人に伝えて、一緒にやるのが望ましい形。隠すより「環境を整える」と捉えると、本人の自尊心を守れます。完全に隠すのは難しいですが、衝動的な自傷の際に「探す」というワンクッションが入るだけでも、ブレーキになります。
Q5. 親も傷つく
当然です。子どもの傷を見るのは、親にとって心を切り裂かれる体験です。親御さん自身も、心療内科やカウンセリングで、自分の心をケアしてください。「親が無事でいる」ことが、子どもを長期的に支える前提です。配偶者、親しい友人、同じ立場の親の会など、安全に話せる場所をいくつか持っておきましょう。SNSの愚痴アカウントを作って吐き出すのも、現実的な手段の一つです。
Q6. 跡が残ることへの本人の悩みにどう答える?
傷跡を気にする本人に対して、「跡なんて気にしなくていい」と否定するのは、本人の気持ちを軽く扱うことになります。「跡が残ったの、気になるよね」「将来どうするかも、一緒に考えていけるよ」と、まずは気持ちに寄り添ってください。形成外科での治療、医療レーザー、コンシーラー、長袖の選び方など、現実的な選択肢は時期が来てから話し合います。
Q7. 自分は虐待していたわけじゃないのに、なぜ?
自傷の背景は虐待だけではありません。学校の人間関係、発達特性、家族関係の些細なすれ違い、生まれ持った気質、思春期のホルモン変化——複数の要因が複雑に絡みます。「親のせい」と単純化できる現象ではありません。むしろ、自責の念で動けなくなるより、「今ここから何ができるか」に意識を向ける方が、お子さまの回復には役立ちます。
Q8. 何年も繰り返している場合、もう手遅れ?
手遅れということはありません。10代後半から20代でも、自傷が長期化していたケースの回復は数多く見ています。「いつから始めても、回復のプロセスは始められる」。長期化していたからこそ、ご家族の関わりが変わったときの本人の受け取り方が深いこともあります。今日からでも、「責めない」「代わりを探す」「専門家につなぐ」の3つを試してみてください。
読者の方へのメッセージ
Dさんの話は、「責めない」という、当たり前のようで難しい姿勢の大切さを教えてくれたケースです。子どもが自傷を打ち明けた瞬間、責めずに受け止められるかどうかが、その後の親子関係を決めます。
同じ状況の中にいるご家族へ。「気づいてしまったあなた」は、もうすでに大きな一歩を踏み出しています。一人で抱えずに、専門家・相談窓口とつながってください。「いのちの電話」「よりそいホットライン(0120-279-338)」「24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)」など、今すぐ使える選択肢もあります。
そして、自傷の跡を抱えたまま大人になった方々が、振り返って「あの頃の自分も生きていたんだ」と語れるようになる日が来ることを、現場で何度も見てきました。回復は、ゴールではなく、グラデーションです。今日の一歩が、半年後・1年後の景色を確実に変えていきます。
最後にお伝えしたいのは、「あなたが完璧な親である必要はない」ということです。動揺してしまった日があってもいい。つい責めてしまった夜があってもいい。明日また「責めない」を選び直せばいい。そうやって何度も選び直しながら、ご家族とお子さまの関係は少しずつ育っていきます。「今日70点で続けたら、半年後に景色が変わる」——現場で繰り返し見てきた事実です。一人で抱え込まず、必要な手を借りながら、一歩ずつ進んでいきましょう。
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著者プロフィール
星野レン(ほしの れん)
看護師歴8年、うち児童思春期精神科の病棟で5年勤務。自傷行為、不登校、発達障害、思春期のメンタル不調を抱えるお子さまとご家族のケアに従事。現場で得た知見を、家庭で応用できる形で発信しています。本記事のような体験談は、特定のお子さまの単独エピソードではなく、現場で繰り返し出会ったパターンを再構成した「典型像」として描いています。ご家族が「うちの子に近いかも」「このセリフ、聞いたことがある」と重ねていただける部分があれば、書いた甲斐があると感じます。
免責事項
本記事は児童思春期精神科での臨床経験をもとにした体験談で、特定のお子さま・ご家族の事例を直接記したものではありません。複数の現場経験を再構成し、本人および関係者が特定できない形に配慮して執筆しています。医療的な診断・治療方針を示すものではありません。自傷行為は精神医学的な対応が必要な症状です。お困りの場合は、必ず児童精神科・心療内科・精神科を受診してください。緊急時は救急(119)にご連絡ください。

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