この記事の要点
- 物を投げるほどの癇癪がある小学生との関わりの記録
- 癇癪の最中は、脳が興奮して言葉が届かない状態
- 「鎮めよう」とする関わりが、かえって火に油を注ぐ
- 収まった後の本人は、強い恥と自己嫌悪を抱えている
- 波が引くまで安全を確保して付き合うという発想
これは、児童思春期精神科の病棟で出会った、ある小学生のお子さまを通して教えてもらった話です。本人とご家族の特定を避けるため、年齢や性別、家庭背景の細部は変えてあります。また、特定のお子さまの単独エピソードではなく、複数の現場経験を再構成した「典型的なケース像」として読んでいただけると、より広く当てはめてもらえるはずです。
今日お伝えするのは、感情が爆発するように癇癪を繰り返していた、Cさん(仮)と過ごした時間のことです。物を投げ、自分の頭を叩き、声にならない叫びをあげる——そんな波の中で、新人だった私が学んだのは、「鎮める」ことではなく「波に付き合う」という、まるで逆向きの姿勢でした。
読み終わるころには、お子さまの癇癪を「困った行動」ではなく「助けを求めるサイン」として捉え直すヒントが残るはずです。
初めての癇癪に立ち会った日
担当2日目、Cさんは病棟のデイルームで他の子と工作をしていました。「これ、貸して」と言われたペンを、Cさんがすぐに渡さなかった、その瞬間でした。相手の子が少しムッとした声で「ねえ早く」と急かした次の瞬間、Cさんの表情が一変しました。眉間に深いシワが刻まれ、口角がぐっと下がり、目が泳ぎ始める。それは「怒っている顔」というより、何かが自分の中で爆発する直前の、まるで防御反応のような顔でした。
次の瞬間、Cさんは近くにあったプラスチックコップを床に叩きつけました。続いて、自分の頭を両手で激しく叩き、声にならない叫びをあげながら、床にうずくまりました。机の脚に体をぶつけ、その痛みでさらに泣き、また自分の太ももを叩く——癇癪は、一つの動作で終わるのではなく、波のように何度も折り返しながら続きます。
新人看護師だった私は、頭が真っ白になりました。「止めなきゃ」「落ち着かせなきゃ」「言葉で説得しなきゃ」——色々な使命感が一気に湧きました。手を伸ばしてCさんの腕を掴もうとした、その瞬間。先輩看護師がそっと私の腕を制して言いました。「今は、何もしないで、そばにいるだけでいい」。
先輩は同時に、デイルームにいた他のお子さまを別の部屋にそっと誘導してくれました。誰も騒がず、誰も責めない。ただ、Cさんが安全に波を越えられる場所を、大人たちが整えていく。それが、後から振り返ると「現場の対応」の本質でした。
家庭でも、似た場面は起こります。宿題のことで叱られて突然爆発する。きょうだいとのおもちゃの取り合いから物を投げる。買い物先で「これ買って」が通らず店内で寝転がる。場面は違っても、起こっている現象は同じです。感情が処理できる容量を超えたときに、行動として外に出てくる。それが癇癪です。
癇癪の最中、脳の中で何が起きているのか
人の脳には、大まかに分けて「考える脳」(前頭前野)と「感じる脳」(扁桃体や辺縁系)があります。論理的に判断したり、言葉で説得を受け取ったりするのは前頭前野の役割。一方、危険を察知して怒り・恐怖・防御反応を起動するのは扁桃体の役割です。
ところが、強いストレスや感覚刺激、空腹・疲労・睡眠不足などが重なると、扁桃体の反応が強まり、前頭前野からの抑制が間に合わなくなります。これがいわゆる「キレた状態」です。この状態のときに「落ち着いて」「ダメでしょ」と話しかけても、強い興奮で考えて言葉を受け取る余裕が乏しく、届きにくいことがあります。むしろ、追加の刺激として受け取られて、扁桃体の反応がさらに強まることもあります。
子どもは、特に思春期前後までは前頭前野の発達が途上です。大人なら自分でブレーキを踏める場面でも、子どもは踏みきれない。これは「我慢が足りない」のではなく、脳の発達段階としてブレーキ装置がまだ十分に育っていないからです。発達特性があるお子さまの場合、さらにブレーキの効きが弱く、刺激への反応が強くなりやすい特徴があります。
つまり、癇癪を「しつけ」で抑え込もうとするのは、まだ筋力の育っていない子どもに重いダンベルを持たせようとするようなものです。力ずくで止めるのではなく、波が引くのを待ち、波の頻度と強度を下げる環境を整える。これが、脳の発達に沿った関わり方だと言えます。
「鎮めようとする」が、火に油を注ぐ
ご家族としてはどうしても声をかけたくなりますが、声をかけられるほど刺激が増えて、癇癪が長引いたり、強くなったりします。特に避けたいのは、次の4つです。
- 正論で説得しようとすること——「物を投げたら危ないよ」。どれも正しい言葉ですが、扁桃体が前頭前野を上回っている状態では届きません。落ち着いてから振り返るときの言葉として取っておく方が、はるかに効きます
- 大きな声で制止すること——聴覚の刺激が増えて扁桃体の反応をさらに強めます。本人の中で「攻撃された」と認識され、防御反応として暴力性が増すことも。声を出すなら、できるだけ低く、ゆっくり、短い言葉で
- 体を強く抱きしめる、押さえつけること——安全確保のために必要なときもありますが、ファーストチョイスにはしません。押さえつけられること自体がトラウマ反応を引き起こし、癇癪が長引くことがあります。感覚過敏があるお子さま、過去に身体的な恐怖体験があるお子さまには特に逆効果です
- 取引や脅しを使うこと——「やめたらお菓子あげるよ」「やめないとゲーム禁止だよ」。一見効きそうに見えても、癇癪を「取引で動く行動」として定着させるリスクがあります。短期的に止まっても、次回のレベルが上がっていく構造になりやすいのです
先輩から教わったのは、「癇癪の波には、波の終わりまで付き合う」という姿勢でした。
- 無理に止めようとしない
- 怪我のリスクは事前に減らしておく(周りに固いもの・割れ物を置かない)
- 少し離れた場所から、視界の隅に入る位置で見守る
- 名前を呼びすぎない(一度呼んで反応がなければそれ以上は呼ばない)
- 表情はやさしく、姿勢はゆったり
- こちらが緊張すると伝染するので、自分の呼吸を深くする
これらは「何もしていない」ように見えるけれど、「安全な大人がそばにいる」というメッセージを送り続ける、れっきとしたケアでした。波が引くまでの数分、数十分——その時間に、大人にできる最大のことは、自分が落ち着いていること。それだけです。
癇癪が引いたあとの「恥」と「自己嫌悪」
癇癪のピークが過ぎると、Cさんは深いため息と共に、次第に静かになっていきました。やがて、目に涙を浮かべて「またやっちゃった」「自分が嫌い」とつぶやきました。声は震えていて、ちょっと前まで物を投げていた子と同じ人とは思えないほど、小さくしぼんで見えました。
多くの人が見落としがちですが、癇癪を起こしたお子さま自身が、誰よりも自分を責めて疲れていることが多いのです。「またやってしまった」「お母さんに申し訳ない」「友達にも嫌われる」——癇癪後の自己嫌悪は、次の癇癪を引き起こす燃料にもなります。
大人から見ると、癇癪は「困った行動」に映りがちです。でも本人の主観では、「自分でも止められなかった、なんでこうなるのか分からない、自分は壊れているのかもしれない」という、強い無力感と恐怖が残ります。この自己嫌悪を放置すると、抑うつや自己肯定感の低下、自傷行為につながることもあります。
だからこそ、癇癪が引いたあとの関わりが大切です。「またやっちゃったね」と責める言葉ではなく、「波が引いたね、お疲れさま」と労う言葉から始める。これだけで、本人の中の「自分は嫌われた」という回路を一段だけ緩めることができます。
Cさんも、「またやっちゃった」とつぶやいた直後に私が「うん、波が来てたね。落ち着いてきたね。水、いる?」と声をかけたとき、初めて顔を上げてくれました。涙の残った目で、コクンと頷いて、コップを受け取って、ゆっくりと水を飲む。「叱られる」と身構えていた子が、「ここでは責められない」と少しだけ安心した瞬間でした。
看護師として変えた、3つの関わり
①癇癪中は「待つ」、後から「振り返る」
癇癪が落ち着いてからゆっくり水を渡し、「お疲れさま」と声をかける。叱らず、責めず、評価せず。落ち着いてから少し時間を置いて、「さっき、何があった?」と一緒に振り返る。これが効きました。
振り返りのコツは、「直後すぐ」ではなく「少し時間を置いてから」。癇癪の直後は、本人もまだ脳が興奮の余韻を引きずっています。お風呂のあと、寝る前、翌朝の散歩中——本人がリラックスしているタイミングを選んで、責めない声色で尋ねます。
そして、答えられなくても大丈夫。「思い出したくない」と言われたら、「思い出すのは怖いよね、無理しなくていいよ」と引き下がる。振り返りは「本人が安心して話せる場を作る」のが目的であり、「原因を解明する」ことが目的ではありません。
②「悪い行動」と「本人」を分けて伝える
「物を投げたのは止めるべきだったね、でもあなたが嫌いになったわけじゃない」と、行動と人格を分けて言語化しました。Cさんは少しずつ、「癇癪を起こしてもまだ受け入れられている」という感覚を持てるようになっていきました。
家庭で使える声かけの例です。「コップを投げたのは、危なかったね。でも、あなたが嫌いになったわけじゃないよ」「あの行動は止めてほしい。でも、あなたが今ここにいてくれることは、お母さんはうれしい」。
逆に避けたいのは、人格そのものを否定する言葉です。「あなたはほんとにダメな子ね」「あなたみたいな子に育てた覚えはない」——これらは、本人の中に「自分は存在として価値がない」という核心的な傷を作ります。行動は批判してもいいが、人格は批判しない。この区別を、家庭内のルールとして家族で共有しておくと、お互いに気づき合えます。
③きっかけを一緒に探す
「何で爆発したのか」を、後から本人と一緒に探す習慣を作りました。「お腹がすいてた」「眠かった」「あの音が嫌だった」——身体・睡眠・感覚の理由は意外に多いのです。
現場では「HALT(ホルト)」と呼ばれる枠組みを使います。H=Hungry(空腹)、A=Angry(怒り・不満が溜まっている)、L=Lonely(孤独・寂しさ)、T=Tired(疲労・眠さ)。これらが揃っていると、些細なきっかけで爆発しやすくなります。発達特性のあるお子さまには「S=Sensory overload(感覚過負荷)」を加えるとさらに精度が上がります。蛍光灯のチカチカ、エアコンの音、衣服のタグの刺激——大人が気にしないレベルの刺激が、お子さまの中では限界に近い負荷になっていることがあります。
振り返りで「HALT+S」のどれが当てはまっていたかを本人と一緒にチェックするだけでも、自分の状態を言葉にする力が育ちます。「自分は今HungryとTiredだから、危ない」と気づける子に育てば、爆発の前に予防策が打てるようになります。
発達段階別に見る、癇癪のかたち
幼児期(2〜5歳)——この時期の癇癪は、発達上ある程度普通のことです。「自分でやりたい」という自我の芽生えと、それを言葉にできない未熟さのギャップが、爆発として現れます。対応の基本は、「言葉にできない感情を、大人が言葉にしてあげる」こと。「やりたかったね」「悔しかったね」——これを繰り返すうちに、3〜4歳頃から少しずつ自分で言える子に育っていきます。
小学校低学年(6〜8歳)——「ちゃんとしなきゃ」というプレッシャーが入り、学校で頑張った反動として、家で爆発するパターンが目立ち始めます。「家でだけ癇癪を起こす」というご相談はこの年代に多いですが、これは「家が安全だから本音を出せている」というポジティブな側面もあります。帰宅して30分は宿題や習い事の話を持ち出さず、ただおやつを食べる時間にする。それだけで爆発の頻度がぐっと減ることがあります。
小学校高学年(9〜12歳)——「9歳の壁」と呼ばれる発達の節目があり、自分を他者と比較するようになり、「恥」の感情が強まる時期です。頻度は減るけれど、起きたときの強度が増す傾向があります。「もう4年生なのに」と本人が思っていることが回復の妨げになるので、「年齢に関係なく、波が来るときは来る。大人だって来る」というメッセージを、何度も伝えることが大切です。
中学生(13〜15歳)——ホルモンバランスの急変、人間関係の複雑化、学業のプレッシャーが重なります。中学生になると力が強くなり、押さえつけようとすると本人もご家族も怪我のリスクが上がります。物理的に離れる、別の部屋に行く——「安全な距離」を確保することを優先してください。また、「親に話すより友達やネットに話す方が楽」という傾向が強まるので、スクールカウンセラー・かかりつけ医など、第三者の関わりを増やす方向にシフトしていくのが効果的です。
発達特性別に見る、癇癪の起こり方
ASD傾向のお子さまの癇癪は、しばしば「予定変更」「感覚過負荷」「こだわりが崩された」のいずれかが引き金になります。これらは本人にとって「世界が壊れた」ような恐怖を伴います。予防策の基本は「予定の見える化」と「事前予告」。明日のスケジュールを書いた紙を貼る、変更が出たらすぐ伝える、ノイズキャンセリングイヤホンを持たせる——これだけで、爆発の頻度が劇的に減ることがあります。
ADHD傾向のお子さまの癇癪は、「衝動性」「フラストレーションへの耐性の低さ」から起こります。ブレーキを踏む間もなく行動が出てしまい、本人も「やってしまった」と後悔することが多いタイプです。コツは「短く、具体的に、ポジティブに」。「走らないで」より「歩こうね」、「うるさくしないで」より「小さな声でお話してね」。ADHDのお子さまは「否定形の指示」より「肯定形の指示」の方が圧倒的に届きやすいです。
HSC傾向のお子さまの癇癪は、「外で頑張りすぎて、家で爆発する」パターンが典型です。コツは「家を完全な安全基地にする」こと。家では「ちゃんと」を要求しない、宿題は本人が言い出すまで持ち出さない、感情を出しても「やっと出せたね」と受け止める。ご家族が「外で頑張ってきた前提」で家を整えるだけで、本人の負担が大きく軽くなります。
家庭で意識したい「癇癪の前後」
癇癪の「前」——予防と予兆の察知
癇癪の予防は、起きてからの対応よりもずっと費用対効果が高い領域です。基本は、空腹・睡眠不足・疲労を予防すること、苦手な刺激(騒音・予定変更・人混み)を事前に避けること。
特に意識したいのは「予兆の察知」です。癇癪は突然爆発するように見えて、実は数分〜数十分前から予兆が出ていることが多いのです。眉間にシワが寄る、声のトーンが上がる、足を貧乏ゆすりする、目線が泳ぐ、口数が減る——本人ごとの「サイン」を、観察日記のように記録しておくと、次第にパターンが見えてきます。
予兆に気づいたら、本人を環境から少し離す。別の部屋に誘導する、外に散歩に出る、好きな音楽をかける——刺激を減らして、扁桃体の興奮を冷ます時間を作るのです。本人にも「今、ちょっと疲れてるみたいだから、休憩しよう」と短く声をかけると、「自分の状態を大人が分かってくれている」という安心感が育ちます。
癇癪の「最中」と「後」
波の最中にできるのは、本当に最小限のことだけです。怪我のリスクを物理的に減らす/言葉での説得を控える/近すぎず離れすぎず、安全な距離で見守る/表情と姿勢で「受け入れている」を伝える/自分の呼吸を深くする。波の長さはその時の状態によって違い、5分で引くこともあれば30分続くこともあります。慣れてくると「あ、今ピーク過ぎたな」と分かるようになります。
波が引いたあとは、本人もご家族もぐったり疲れています。無理に話し合いを進めず、まずは身体を休める。お風呂に入る、温かい飲み物を飲む——身体を整えると、心も少しずつ整います。振り返りは、その日中でも、翌日でも、本人が落ち着いてからで十分です。
家庭で使えるクールダウンの工夫
- クールダウンスペースの設定——「ここに行けば落ち着ける場所」を一つ決めておきます。自室のベッドの上、押し入れの中、リビングの隅にクッションを置いたコーナーなど。本人が「ここに行きたい」と思える場所を、本人と一緒に決めるのがポイント。波の予兆が出たとき自分で移動できるよう、平時から練習しておきます
- 感覚調整グッズ——重い毛布(ウェイトブランケット)でくるまれると落ち着く子、ぬいぐるみを抱きしめると安心する子、シリコン製の噛むおもちゃで口の刺激を満たすと落ち着く子。本人の好みに合わせて、いくつか用意しておくと選択肢が増えます
- 呼吸を整える小物——シャボン玉、風車、ストロー、ハーモニカなど、「息を長く吐く」動作を引き出すものが、副交感神経を優位にして落ち着きを助けます
- 視覚的なスケジュール表——予定変更で爆発しやすいお子さまには、その日の予定を目に見える形に。変更時も「ここをこう変える」と書き換えながら説明すると、口頭だけより受け入れやすいです
- 「言葉にできないとき用」のカード——「怒っている」「悲しい」「疲れた」「ひとりにして」「水ほしい」などをカードにしておき、指差しで選べるようにしておくと、コミュニケーションが取りやすくなります
きょうだい児への配慮
癇癪が頻繁に起きる家庭では、きょうだいの方が「我慢する側」「気を遣う側」になりがちで、長期的には自己肯定感の低下や、不登校・抑うつなどの二次的な問題が出ることもあります。
癇癪が起きているときは、きょうだいを別の部屋に避難させること。波の音や暴れる様子を見続けるのは、きょうだいにとってトラウマになり得ます。テレビをつける、ヘッドホンを使う、別室で本を読むなど、刺激を遮断する工夫をしてください。
そして、落ち着いた後にきょうだいへの「労い」と「説明」を必ず入れる。「さっき怖かったよね、ごめんね」「お兄ちゃんは波が来てたんだけど、あなたは関係ないから安心していいよ」「今日も静かに過ごしてくれてありがとう」。長期的には「きょうだいだけの特別な時間」を意識的に作り、「あなたの存在もちゃんと見ている」というメッセージを、行動で伝えてください。
祖父母・夫婦の温度差にどう向き合うか
祖父母世代から「昔はそんなことしなかった」「もっと厳しくしつければ治る」という善意のアドバイスが、かえって今のご家族を追い詰めることがあります。発達障害の概念が広く知られるようになったのは比較的最近で、HSCや感覚過敏という言葉が一般化したのもここ10年ほど。「昔はなかった」のではなく、「昔は気づかれずに見過ごされていた」だけの可能性が高いのです。
理解を求めるときは、医学用語で説明するより「この子の脳は刺激に対して敏感で、感情のブレーキがまだ育ちきっていない」と具体的な行動レベルで説明する方が伝わります。「私たちが今こういう方針でやっているから、それに揃えてもらえると助かる」と、お願いベースで伝えるのが現実的です。それでも理解が得られないときは、無理に説得しなくて構いません。物理的に距離を取ることも、お子さまを守るための選択です。
夫婦間では、「お母さんが甘やかすから直らない」「お父さんが厳しすぎる」——どちらが正しいということではなく、方針の不一致そのものが、お子さまの混乱を生みます。揃えておきたい最低限の方針は、①波の最中は説得しない ②行動と人格を分けて伝える ③波の後は責めずに振り返るの3つ。この3つだけ揃えておけば、細かい対応に違いがあっても、大きな混乱は生じません。
そしてお子さまのいないところで、夫婦が定期的に話す場を持つこと。「今週はどんな波があったか」「次の波が来たときどう動くか」を、感情的にならない時間に話し合っておくと、いざという時の連携が崩れません。「あなたの対応が悪かったから悪化した」という責任追及は、夫婦間の信頼を削るだけで、お子さまの回復にはつながりません。
学校・園との連携
連携の基本は、「責めない」「情報を共有する」「一緒に作戦を立てる」の3つです。担任にお伝えするときは、「家ではこういう関わりで波が落ち着くことが多いです」と、解決策の共有から入ると協力が得やすくなります。「先生の対応が悪い」というスタンスから始めると、現場の先生も身構えてしまいます。
共有したい内容は、「家での予兆のサイン」「波が来たときの効果的な関わり」「避けてほしい刺激」「クールダウンに使える場所や物」「医療機関にかかっていればその診断・処方の情報」。可能なら、A4一枚にまとめた「我が子トリセツ」を年度始めに渡すと、毎年新しい担任になっても情報が引き継がれやすくなります。スクールカウンセラーや特別支援コーディネーターとも、問題が起きてから動くのではなく、平時のうちに窓口を作っておくことをおすすめします。
受診・相談の目安と、入院という選択肢
- 癇癪が週に複数回、長期間続いている
- 怪我や物の破損が伴う/家族や本人が消耗している
- 登校や友達関係に支障が出ている/発達特性が疑われる
- 「死にたい」「消えたい」という言葉が混ざる
- 自傷行為(自分を叩く、引っ掻く、刃物を持つ)が出始めた
該当があれば小児科・児童精神科へ。「精神科」と聞くと抵抗を感じるご家族もいらっしゃいますが、子どもの精神科は「治療」というより「育ちのサポート」の場と捉えると、ハードルが下がります。初診の予約は1〜3ヶ月待ちが多いので、「まだ大丈夫」と思える段階で予約だけしておくことをおすすめします。改善すればキャンセルすればいいだけです。医療機関はまだ早いと感じるご家庭は、市区町村の子育て支援課・教育相談・発達支援センター・保健センターなど、無料で相談できる窓口から始めるのも有効です。
癇癪が日常的で本人も家族も消耗している、自傷が頻発して家庭での安全確保が難しい、家庭内の暴力がエスカレートしている——こうした状況が重なる場合は、入院について外来主治医と話し合う段階かもしれません。入院は「最終手段」ではなく、「家族とお子さまの両方が一度休むための場」でもあります。現場で見ていると、入院が転機になって関係が立て直されるケースは少なくありません。選択肢として「持っておく」だけでも、ご家族の心理的余裕が変わります。
ご家族の「罪悪感」と、セルフケア
Cさんのご家族は、面会の度に「私の育て方が悪いんでしょうか」「甘やかしすぎたから?」と尋ねられました。多くの保護者が抱える共通の自責の念です。
癇癪は育て方の問題ではなく、感情調整の発達の途上に起こる現象です。発達特性が背景にあることもあれば、ストレスや環境要因が重なることもあります。「親が悪いから」では、絶対にありません。家庭環境の改善で頻度が下がることはありますが、それは「親が悪かったから罰として癇癪が起きている」のではなく、「環境を整えると本人が落ち着きやすくなる」というだけのことです。
むしろ、癇癪を抱えるお子さまを支えるご家族は、誰よりも消耗しやすい立場にあります。いつ次の爆発が起きるかわからない緊張、近所や学校への申し訳なさ、きょうだいへの影響、配偶者との温度差——気を張り続ける生活は、確実に心身を削ります。ご家族が疲弊して倒れてしまうと、お子さまの支えがなくなります。「自分のケアは子どもへの投資」と捉え直してみてください。
- 睡眠を最優先する——睡眠不足は親のイライラと判断力低下の最大原因。可能なら配偶者と夜の見守りを交代制に
- 週に一度は、たとえ30分でも一人になれる時間を確保する/実家や信頼できる人に、月に一度でも預かってもらう日を作る
- 身体を動かす時間を確保する——5分の散歩でもストレッチでも。身体を動かすことで、ストレスホルモンが代謝されます
- 同じ立場の人とつながる——発達障害の親の会、不登校の親の会、地域の子育てサポートグループ。「自分だけじゃない」という安心感が得られます
- 外部の窓口を「予防的に」つないでおく——スクールカウンセラー・児童相談所・発達支援センター。家族だけで抱え込まない仕組みを、平時のうちに作っておくことが、長期戦を乗り切る鍵です
お子さまの癇癪は夜に頻発することも多く、収まった後の3時、4時に「眠れない、誰かに話したい」という時間が訪れます。24時間対応のチャット相談や深夜まで受けてくれるオンライン相談を、「平時のうちに知っておく」だけで、心理的な備えになります。「深夜の不安を24時間相談できる窓口」もご参考にしてみてください。また、「読書する気力もない」状態なら、家事や移動中に流せる耳で聴く育児書という方法もあります(「Audibleで耳で読む育児書」)。
長期戦を乗り切るための3つの考え方
癇癪への対応は、短期で結果が出るものではありません。早くて数ヶ月、長ければ数年かけて、少しずつ波の頻度と強度が下がっていくもの。「治す」のではなく「育つ」を待つ感覚で。
- 短期の悪化に一喜一憂しない——波の頻度は上下を繰り返しながら、長期で見ると下がっていきます。先週・先月ではなく、半年前・1年前と比べる視点を
- 小さな変化に気づく——「今日は波の長さが短かった」「物を投げるところを途中で止められた」。言葉にして記録しておくと、長期で振り返ったときに「ちゃんと育っている」と確認できます
- 親が完璧を目指さない——理想的な関わりを毎日100%できる親はいません。「毎日70点でも続ければ、半年で景色が変わる」——現場で何人ものご家族を見てきて、心からそう思います
Cさんとご家族のその後
Cさんは数ヶ月の入院を経て退院しました。退院前のCさんは、自分の波を「来てるな」と言葉にできるようになり、自分から「ちょっと別の部屋に行ってくる」と言って離れることができるようになっていました。完全に波がなくなったわけではありませんが、波の長さは短くなり、強度も下がっていました。
ご家族も変わりました。最初は「私の育て方が悪いんでしょうか」と尋ねていたお母さんが、退院前の家族面談では「波が来ているときに、何もしないで横にいる勇気が、少しずつついてきました」とおっしゃいました。お父さんは、休日の外出計画を「Cさんの予定が崩れないように」と工夫してくれるようになっていました。
退院から1年後、外来でお会いしたCさんは、学校にも通えていて、友達と工作を一緒にやれていました。月に1〜2回は小さい爆発があるそうです。でも、ご家族もCさん自身も「来たね、また引いていくよ」と落ち着いて対応できるようになっていました。「治った」のではなく「付き合い方を見つけた」——それが、現場で目指す回復のかたちだと、私は思っています。
よくある質問
Q1. 波が引いた後に使える「振り返りの質問」はありますか?
現場でよく使う流れをご紹介します。最初は「身体」から——「お腹すいてた?」「眠かった?」「身体のどこか痛かった?」。次に「環境」——「うるさかった?」「眩しかった?」。続いて「気持ち」——「悔しかった?」「悲しかった?」と感情のラベルを提示。最後に「願い」——「本当はどうしたかった?」。
この順番には意味があります。いきなり「どうしてあんなことしたの?」と尋ねても、本人は答えられません。身体→環境→気持ち→願いと外側から内側へ降りていくことで、本人が自分の状態を言葉にできるようになっていきます。
Q2. 物を壊された損害はどう考えればいい?
波の最中に「これいくらすると思ってるの!」と責めても、本人には届きません。むしろ、自己嫌悪が増して次の波が来やすくなります。現場でお伝えしているのは、「割れて困るものは、最初から本人の手の届く場所に置かない」という現実的な対応。落ち着いてから「物を壊さないでほしい」と伝えることは可能ですが、それは波の対応とは別の場面で。
Q3. 「ダメだよ」と叱ってはいけないの?
「叱ってはいけない」のではなく、「叱るタイミングと言い方を選ぶ」が正解です。波の最中ではなく落ち着いた後、人格ではなく行動について、責めるのではなく希望を伝える——この3点を意識すれば、しっかりと境界線を伝えられます。「お母さんはあの時こう感じた」「次はこうしてほしい」という形で。
Q4. きょうだいが「お兄ちゃんばっかりずるい」と言います
当然の感情です。「お兄ちゃんは病気だから」と理由を伝えても、きょうだい自身の寂しさは消えません。月に一度の二人だけのお出かけ、寝る前の30分だけの読書タイム、好きな夕食のリクエスト権——小さくてもいいので「あなたのための時間」を可視化してください。
Q5. 学校から「家庭で対応してください」と言われます
学校側もリソースが限られている事情はありますが、家庭だけで抱え込ませるのは適切ではありません。スクールカウンセラー、特別支援コーディネーター、教育委員会の相談窓口などを順に頼ってみてください。担任の先生一人の対応で行き詰まっていても、学校全体・教育委員会レベルでは対応リソースがあることがあります。
Q6. 薬を勧められたらどうすればいい?
薬は「性格を変える」ものではなく、「波の高さを少し下げる」ものとして捉えると、向き合いやすくなります。ただし万能ではなく、関わり方の工夫や環境調整と組み合わせて初めて効いてきます。迷ったら主治医に「薬を始めることのメリットとデメリット」「いつ頃まで続けるイメージか」「やめるときの方法」を具体的に尋ねてみてください。
Q7. 「死にたい」と言われたらどうすれば?
基本は、「言葉を否定せず、ただ聴く」こと。「そんなこと言わないで」と封じると、本人は次から言葉にできなくなります。「死にたいくらい辛いんだね」「そう思うほど苦しかったんだね」と、まずは気持ちを受け止めてください。そして、できるだけ早く専門機関につないでください。緊急性が高そうなときは、夜間でも救急外来や精神科救急の窓口があります。詳しくは「子どもが「死にたい」と言ったときの対応」にまとめています。
緊急時の連絡先
- よりそいホットライン:0120-279-338(24時間、無料)
- いのちの電話:0570-783-556(10〜22時、ナビダイヤル料金)/フリーダイヤル 0120-783-556(毎日16〜21時、毎月10日は8時〜翌朝8時)
- 児童相談所虐待対応ダイヤル:189(24時間)
- あなたのいばしょ:webサイトから24時間チャット相談
- 精神科救急情報センター:各都道府県に設置(地域名+精神科救急で検索)
- 救急要請:119(怪我・意識障害・大量服薬など命の危険があるとき)
「呼ぶほどではないかも」と迷う段階で、まず電話で相談するのが正解です。電話の方が「これは119を呼ぶ案件です」「これは様子を見て大丈夫です」と一緒に判断してくれます。「一人で抱え込まない」が、最大の予防策です。
今夜これだけ
次に癇癪が起きたら、言葉をかけるのをやめて、危ないものを片づけながら近くで待ってみてください。収まってから話しかけるほうが早く落ち着きます。
まとめ|「鎮める」より「波に付き合う」
Cさんが教えてくれたのは、「癇癪は止めるものではなく、安全を守りながら波の終わりまで付き合うもの」という視点でした。波の最中に大人ができるのは、ほぼ何もないように見える「見守り」です。でもそれは、「安全な大人がそばにいる」という何より大きなメッセージを送り続ける、れっきとしたケアなのです。
波が来ている最中は、本人と周囲の安全確保が最優先。「話で止める」ではなく、「環境で守る」発想です。割れる物・刃物・尖ったものを遠ざける、必要なら配偶者を呼ぶ。よく爆発が起きる部屋からは危険物を遠ざけておく、クールダウンに使える場所を本人と話し合って決めておく——これらの「予防的な準備」が、ご家族の安心感にもつながります。
そして、波の最中の対応より、「波が来る前のサインに気づく」「波の後の関わり方」の方が、長期的な変化を作ります。波の最中は「待つだけ」しかできないけれど、波の前後でできることは無限にある。この事実が、ご家族の希望になるはずです。
癇癪のあとに残る「自己嫌悪」こそが、本人にとって一番の苦しみでもあります。「また受け入れられている」というメッセージを、家族の言葉と表情で繰り返し伝えること。これが、癇癪のあるお子さまの回復にとって、何よりの土台になります。
もし今、お子さまの癇癪に疲れ果てているご家族がいらっしゃったら、どうか一人で抱え込まないでください。医療機関、地域の相談窓口、同じ立場の親の会、信頼できる友人——どこか一つでもつながっていれば、それが長期戦を乗り切る支えになります。家族だけで完結させない。これが、現場で何度も学んだ最大の教訓です。
参考にした公的情報・一次情報
記事内の制度・相談先・健康情報は、以下を2026年8月15日に確認しています。
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著者プロフィール
星野レン(ほしの れん)
2018年4月から看護師として勤務(2か月のブランクあり)。2021年4月から児童思春期精神科病棟に携わっています。発達障害、不登校、癇癪、思春期のメンタル不調を抱えるお子さまとご家族のケアに従事。現場で得た知見を、家庭で応用できる形で発信しています。本記事のような体験談は、特定のお子さまの単独エピソードではなく、現場で繰り返し出会ったパターンを再構成した「典型像」として書いています。ご家族が「うちの子もこういう波があるかも」と重ねていただける部分があれば、それが何より嬉しいです。


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