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この記事の要点
- 外泊は退院に向けた「練習」で、成功も失敗も治療の材料になる
- 戻ってきた子の表情や荷物から、家庭の空気の変化が見えてくる
- うまくいかなかった外泊ほど、次につながる情報が得られる
- 家庭の空気は親の努力不足ではなく、家族みんなの相互作用で決まる
児童思春期精神科の病棟で働いていると、金曜日の夕方と日曜日の夕方に、独特の空気が流れることに気づきます。金曜日は、外泊に出る子どもたちが荷物をまとめてそわそわしている時間。日曜日は、その子たちが病棟に帰ってくる時間です。看護師歴8年、うち児童思春期精神科病棟で5年以上、私はこの「帰ってくる瞬間」を何度も見てきました。
外泊から戻った子どもの顔は、驚くほど雄弁です。本人がひとことも話さなくても、玄関ならぬ病棟の入口をくぐった瞬間の表情、靴を脱ぐ動作、荷物の詰め方から、この週末に家庭でどんな時間が流れたのかが、ふわりと伝わってくることがあります。今日はそんな「外泊から戻った子の顔」をめぐるエッセイを書いてみようと思います。
※本記事のエピソードは、個人が特定できないよう複数のケースを合成し、状況を抽象化しています。
外泊は退院に向けた「練習」です
まず前提の話をさせてください。児童思春期精神科の入院治療では、状態が落ち着いてくると、主治医の判断のもとで「外出」や「外泊」が治療計画に組み込まれていきます。数時間だけ家族と過ごす外出から始まり、一泊、二泊と段階的に延ばしていく。ゴールはもちろん、退院して家庭での生活に戻ることです。
つまり外泊は「ごほうび」でも「一時帰宅」でもなく、退院に向けた練習です。自転車の練習で、最初は補助輪付き、次は支えてもらいながら、最後はひとりで走ってみるのと似ています。病棟という守られた場所から、一度家庭という現実に出てみて、また戻ってくる。その往復のなかで、子どもも家族も「家で暮らす」感覚を少しずつ取り戻していきます。
練習ですから、うまくいくこともあれば、うまくいかないこともあります。そして大事なのは、うまくいかなかった外泊も「失敗」ではなく、貴重な情報になるということです。この点はあとで詳しく書きますが、まずは、戻ってきた子どもたちの顔の話から始めます。
戻ってきた子の顔は、言葉より先に語る
日曜日の夕方、外泊から戻る子どもたちを病棟の入口で迎えるとき、私たち看護師は自然と表情を見ています。観察項目として構えているというより、長く働いているうちに、目が勝手にそうなってしまった、というほうが正直なところです。
晴れやかな顔で帰ってくる子がいます。「ただいまー」と言いながら、家での出来事を聞いてほしくてうずうずしている子。荷物の中に、家族と一緒に買った新しい文房具が入っていたりします。一方で、こわばった顔の子もいます。目を合わせず、荷物を抱えたまま自分の部屋に直行して、夕食の時間まで出てこない子。そして、どちらとも言えない、何も言わない子もいます。
何も言わない子の場合、私はさりげなく荷物に目をやります。持たせたはずの着替えが手つかずのまま戻ってくることがあります。二泊の外泊で着替えを使っていないということは、もしかしたら自室にこもって過ごしたのかもしれない。お風呂に入れなかったのかもしれない。荷物は、本人が言葉にしないことを、そっと教えてくれます。
誤解のないように書き添えると、これは「家庭を採点している」のではありません。外泊という練習が、その子と家族にとってどんな体験だったのかを知りたいだけです。知ることができれば、次の練習をもっとその子に合った形に調整できるからです。
晴れやかな顔で戻った中学生の話
ある中学生の子のことを思い出します。入院した当初は、家族の話題になるたびに表情が消えてしまう子でした。数ヶ月の入院治療を経て、初めての外泊に出た日、私たちスタッフは正直、少し心配しながら送り出しました。
日曜日の夕方、その子は病棟に戻ってくるなり「先生、あのね」と話し始めました。家で親と一緒に夕飯を作ったこと。テレビを見ながら、久しぶりに家族で笑ったこと。話の内容そのものより、私が印象に残ったのは、その子が「家の話を自分からしたがっている」ことでした。入院前、家は話したくない場所だったはずなのに。
後日、面会に来た親御さんに外泊中の様子をうかがうと、「特別なことは何もしていないんです。ただ、今回は宿題のことも学校のことも、一切聞かないと決めていました」とおっしゃいました。何かを足したのではなく、何かを引いた週末。晴れやかな顔の背景には、そういう家族の静かな工夫があったのだと知りました。
ただし、晴れやかな顔だから万事順調、と単純に受け取らないことも、私たちは学んでいます。楽しかった外泊の直後に、病棟に戻った寂しさから調子を崩す子もいます。「楽しかった」と「もう大丈夫」は別のものです。だからこそ、良い外泊のあとも、私たちは注意深くその子の夜を見守ります。
こわばった顔の外泊にこそ、得られるものがある
逆のケースも書きます。ある子は、外泊から戻ってくるたびに表情が硬くなっていました。聞けば、家に帰ると居間に降りられず、ほとんど自室で過ごしていたといいます。食事も自室に運んでもらっていた。病棟では友だちと食堂でにぎやかに食べている子です。
この情報は、とても大切なものでした。病棟でできていることが、家ではまだできない。その差分こそが、退院までに埋めるべき課題の正体だからです。本人と話していくと、「家だと、リビングに行くタイミングがわからない」と教えてくれました。病棟には食事の時間の放送があるけれど、家にはない。いつ降りていけばいいのか、きっかけがつかめなかったのです。
そこで次の外泊では、家族と本人とで「夕飯の時間は19時、5分前に一度声をかける」という小さな約束をつくってから送り出しました。魔法のようにすべてが変わったわけではありません。それでも、次に戻ってきたとき、その子は「一回だけ、下でご飯食べた」と小さな声で報告してくれました。こわばった顔の外泊がなければ、この約束は生まれていませんでした。
うまくいかなかった外泊は、家庭の「困りごとの在りか」をピンポイントで教えてくれます。だから私たちは、外泊が荒れて戻ってきたとき、落胆はしても失望はしません。それは練習が機能している証拠でもあるのです。本番の退院前に、つまずきどころが見つかってよかった、と考えます。
頑張りすぎる親御さんの外泊
外泊のあと、子どもだけでなく親御さんの顔にも、いろいろなものが浮かんでいます。送り届けに来た親御さんの表情が、子ども以上に疲れ切っていることがあります。話をうかがうと、外泊の二日間、朝から晩まで予定を詰め込んでいたことがわかったりします。
好物を作り、買い物に連れて行き、久しぶりの家族時間を「良いものにしなければ」と全力で走り抜ける。その気持ちは、痛いほどわかります。私も父親として、子どもとの限られた時間を「ちゃんとしたもの」にしたい焦りを知っています。ただ、フルコースのおもてなしのような外泊は、子どもにとっても親にとっても、少し息が詰まることがあるのです。
子どもが練習しに帰るのは「特別な週末」ではなく「普通の家の暮らし」です。親御さんが緊張して構えていると、子どもも敏感にそれを察して、お客さんのように振る舞ってしまう。そして双方くたくたになって日曜日を迎える。外泊のあと「何もしない時間を一緒に過ごせましたか」とうかがうのは、そのためです。ソファでそれぞれ好きなことをして、なんとなく同じ空間にいる。退院後の日常に一番近いのは、実はそういう時間です。
外泊の前と後で、家族と病棟が共有していること
外泊は、送り出して終わりではありません。前と後に、家族と病棟のあいだで小さな共有の作業があります。外泊前には、今回の外泊で「試してみること」を確認します。大げさな目標ではありません。「家族と一回夕飯を食べる」「薬を自分で管理してみる」くらいの、手の届く一歩です。
外泊後には、親御さんから家での様子をうかがいます。眠れていたか、食事はどうだったか、きょうだいとのやりとりはどうだったか。ここで大切にしているのは、親御さんに「報告書」を求めているのではない、ということです。うまくいったこともいかなかったことも、そのまま話していただければ、それが全部、次の一手を考える材料になります。
ときどき、「うまくいかなかったと正直に言ったら、外泊を止められてしまうのではないか」と心配して、家での様子を明るめに報告してくださる親御さんもいます。お気持ちはよくわかります。ただ、実際の様子と報告のあいだにずれがあると、次の外泊の計画もずれてしまいます。困ったことほど教えていただけると、私たちは一緒に作戦を練ることができます。
「家庭の空気」は誰かの努力不足ではない
ここまで「外泊から戻った子の顔で家庭の空気がわかる」という話を書いてきました。この言い方は、読みようによっては親御さんを追い詰める言葉にもなり得ます。「つまり、子どもの顔が暗いのは、家の空気が悪いから。家の空気が悪いのは、親の私のせい」と。そうではない、ということを、この章でははっきり書いておきたいのです。
家庭の空気は、誰かひとりが作っているものではありません。子どもの状態、親の疲れ、きょうだいの気持ち、仕事の忙しさ、その週たまたま起きた出来事。いろいろなものが絡み合った「相互作用」の結果です。天気に似ています。誰のせいでもなく、いくつもの気圧配置が重なって、今日の空模様ができている。
だから、外泊がうまくいかなかったとき、私たちが探すのは「犯人」ではなく「引っかかった歯車」です。声かけのタイミングかもしれないし、部屋の配置かもしれないし、外泊の長さそのものかもしれない。歯車は、責めなくても調整できます。むしろ責めてしまうと、みんなが緊張して、歯車はもっと固くなります。
入院しているあいだに、家庭の空気が変わっていくのを何度も見てきました。それは親御さんが「もっと頑張った」からではなく、多くの場合、親御さんが「頑張り方を変えた」から、あるいは「頑張るのを少し休めた」からでした。子どもの入院は家族にとってつらい出来事ですが、家族全員がそれぞれの場所で息を整え直す期間にもなり得るのだと、現場にいて感じます。
お盆の病棟、帰る子と残る子
この記事を書いているのはお盆の時期です。世間が帰省や旅行の話題でにぎわう頃、病棟にも独特の空気が流れます。お盆に合わせて外泊の計画が組まれる子は、祖父母の家に行く話を少し照れながらしてくれたりします。いとこに会うのが楽しみな子、親戚の集まりが正直しんどい子、それぞれです。
一方で、事情があって外泊に出られない子もいます。体調がまだ整っていない子、家庭側の受け入れ準備が途中の子。外泊組が出発したあとの病棟は、少し静かになります。残った子どもたちと、いつもより時間をかけて過ごすのは、この時期の私たちの仕事のひとつです。一緒に売店のアイスを選んだり、ボードゲームをしたり。
そして、お盆の外泊から戻ってくる子どもたちの顔は、普段の週末以上にさまざまです。親戚が集まる場は、子どもにとって刺激が多いからです。「久しぶりに会ったおばあちゃんが優しかった」と嬉しそうな子もいれば、「学校どうしてるの、と親戚に聞かれた」と疲れた顔で帰ってくる子もいます。どちらの顔も、私たちは同じように受け止めて、月曜日からの看護につなげていきます。
むすびに——不安なまま送り出して、大丈夫です
ここまで読んでくださった方の中には、わが子の入院を考えている方、すでに入院中で初めての外泊を控えている方もいらっしゃると思います。外泊の前、不安になるのは当たり前です。「うまくやれるだろうか」「また悪くなったらどうしよう」。その不安を消してから送り出す必要はありません。不安なまま送り出して、大丈夫です。
外泊は試験ではなく練習で、練習には失敗がつきものだからです。うまくいけばそれは自信になり、うまくいかなければそれは情報になります。どちらに転んでも、退院への道のりは一歩進みます。そして、その一歩を評価して次につなげるために、病棟のスタッフがいます。ひとりで抱えて完璧な週末を用意しようとしなくていいのです。
今夜これだけ
次の外泊や面会の予定があるなら、「特別な予定を1つ減らす」ことだけ考えてみてください。空いたその時間が、家の普段の空気を練習する時間になります。
日曜日の夕方、病棟の入口で子どもたちを迎えるとき、私はいつも思います。どんな顔で帰ってきても、その顔は家族と過ごした時間の証で、次の一歩の手がかりだと。外泊から戻る子の顔を、家族と一緒に待って、一緒に読み解いていく人間が病棟にいます。そのことが、少しでもどなたかの安心につながればと願って、この記事を書きました。
参考にした公的情報・一次情報
この記事の内容に関連する制度・相談先・健康情報は、以下の公的情報・一次情報を2026年8月15日に確認しています。制度の運用や個別の医療判断は、学校・自治体・医療機関などへご確認ください。


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