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これは、児童思春期精神科の病棟で出会った、ある思春期のお子さまを通して教えてもらった話です。本人とご家族の特定を避けるため、年齢や性別、家庭背景の細部は変えてあります。デリケートなテーマのため、苦手な方はご無理なさらず読み飛ばしてください。また、特定のお子さまの単独エピソードではなく、現場で繰り返し出会った複数のケースを再構成した「典型像」として描いています。
今日お伝えするのは、市販薬を大量服薬(オーバードーズ/OD)して運ばれてきた、高校生のGさん(仮)と過ごした時間のことです。「死にたかった」のではなく、「もう感じたくなかった」というGさんの言葉は、思春期のODが抱える複雑さを、私に教えてくれました。
この記事は、お子さまのODに直面したご家族、自傷や希死念慮の兆候を抱えるお子さまに向き合っているご家族、そして「もしものとき」に備えておきたいすべてのご家族に届くことを願って書きました。重いテーマですが、緊急連絡先や具体的な対応も含めて、現場で大切にしている知見を共有します。
- この記事を書いている私について
- 身体科病棟から、転棟してきた朝
- 「死にたい」じゃなくて「もう感じたくない」
- 「死にたい」と「消えたい」「感じたくない」の境目
- ODが選ばれる背景
- 背景にある精神疾患・症状
- 看護師として、私が向き合ったこと
- 家庭での薬の管理について
- 入院中の生活と治療の流れ
- 「安全契約」という関わり
- 「死にたい」と打ち明けられたら——具体的な聴き方
- SNSとの付き合い方
- 緊急連絡先
- 救急対応の流れを知っておく
- 学校との連携——OD後の段階的な復学
- 退院後の生活設計
- きょうだいへの配慮
- 市販薬乱用の社会的背景
- 夫婦・家族の温度差
- 親自身のメンタルケア
- 「医療保護入院」という制度を知っておく
- 「ただ聴く」テクニックを身につける
- 再発予防——何度も繰り返さないために
- ご家族にお伝えしたいこと
- 長期的な回復のイメージ
- まとめ|「もう感じたくない」の声に、耳を澄ます
- 同じ状況のご家族へ伝えたい3つのこと
- よくある質問(FAQ)
- 読者の方へのメッセージ
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- 著者プロフィール
- 免責事項
この記事を書いている私について
星野レンと申します。看護師歴8年、うち児童思春期精神科の病棟で5年勤務。自傷行為、希死念慮、不登校、発達障害、思春期のメンタル不調を抱えるお子さまとご家族のケアに従事してきました。オーバードーズは、現場で特に対応が難しいケースの一つで、命の危険と、その背景にある長期的な心の苦しみの両方に対応する必要があります。本記事は、現場で繰り返し見てきたパターンを再構成し、一人の人物像にまとめた体験談です。命に関わる症状ですので、対応の参考にされる場合は必ず主治医や専門家と相談しながら進めてください。
身体科病棟から、転棟してきた朝
Gさんは、市販薬を大量に飲んだ後、ご家族に発見されて救急搬送されました。身体科で点滴と治療を受けて命に別状はなくなり、次のステップとして精神科病棟に転棟してきました。胃洗浄や輸液の処置を経て、ようやく身体は安定。でも、心の方はこれから——という段階で、Gさんは私たちの病棟にやってきました。
初対面の朝、Gさんは病室のベッドの上で、片膝を抱えて窓を眺めていました。表情は静かで、意外なほど落ち着いていました。「死にたかった」というよりも、何かをやり切って消耗した後の静けさのように、私には見えました。痩せた頬、薄くなった髪、隈の残った目元——身体科での治療を経ても、心身の消耗はまだ深いところに残っていました。
転棟当日の面談で、ご両親は混乱と疲労の只中にいました。「なぜ気づけなかったのか」「最近様子が変だと思っていたが、まさかここまでとは」「これからどう接していいか分からない」——責任感の強いお父さま、お母さまほど、自分を責める言葉が多くなります。私は最初の面談で、ご家族に「責めても良くなることはない、これから一緒に考えていきましょう」と何度かお伝えしました。ご両親は、お子さまが普段使っていた市販薬を救急車に持参してくれていて、その分医療側の対応が早くできたこと、これも大事なポイントとしてお伝えしました。
「死にたい」じゃなくて「もう感じたくない」
担当して10日ほど経った頃、Gさんが言いました。
「死にたかったわけじゃない。感じている全部を、一回オフにしたかった。あの夜は、それしか方法が思いつかなかった」
これは、思春期のオーバードーズで多く出会う本心です。「死ぬため」ではなく、「耐えがたい感情をリセットするため」。眠ってしまえば、目覚めるまでの時間、辛さから逃げられるという感覚。
もちろん、結果として命を落とすリスクは大きい。本人にその意図がなくても、薬の量を間違えれば取り返しがつかない。市販薬といえども、大量に飲めば心臓・肝臓・腎臓に重篤なダメージを与えうるし、後遺症が残るケースもあります。「死ぬ気はなかった」≠「安全」です。この点は、ご家族にも本人にも、繰り返しお伝えする必要があります。
Gさんはさらに話してくれました。「最近の半年くらい、ずっと苦しかった。学校でも家でも、誰にも気持ちが分かってもらえない感じ。SNSで似たような子のアカウントを見ていたら、いつの間にか同じ薬を買って、飲んでいた」。「気がついたらやっていた」という解離的な体験を、本人が振り返って語る。これは、ODの背景に長期間の抑うつや解離があったことを示唆していました。「いつの間にか」「気がついたら」——この言葉が出るとき、本人の中で計画的な意図というより、流れに乗って起きた行動だった可能性が高いのです。
「死にたい」と「消えたい」「感じたくない」の境目
思春期のお子さまが口にする「死にたい」「消えたい」「もう感じたくない」「いなくなりたい」——どれも重い言葉ですが、その意味するところはお子さまによって微妙に異なります。
「死にたい」——死そのものを望んでいる場合と、強い苦しさからの逃げ場として「死」を口にしている場合があります。前者は希死念慮、後者は「消えたい」に近い感覚です。
「消えたい」「いなくなりたい」——「自分の存在そのものをやめたい」「迷惑をかけている自分が嫌」という、自己消失への願い。死ぬという行為ではなく、「いない状態」になりたい感覚です。
「もう感じたくない」——感情の麻痺を望む。Gさんが語った状態です。「死ぬ」とは少し違うが、「今のこの感じを一旦止めたい」という、強い苦痛からの避難欲求です。
「眠りたい」——「眠ってしまえば楽」「ずっと眠っていたい」と発展する場合、これも希死念慮や「感じたくない」の表現であることがあります。「ただの眠気」と片付けないでください。
これらの言葉は、それぞれ意味が違うとはいえ、どれもが「専門家に繋ぐべきサイン」です。ご家族としては、「どう違うのか」を細かく聞き分けるよりも、「どれかが出たら、すぐに医療機関に相談する」と決めておく方が実用的です。
ODが選ばれる背景
Gさんと話していて分かったのは、ODが選ばれた背景に複数の要因が絡んでいたことです。
- 長く続く抑うつ・不安
- 友人関係や家庭でのストレス
- 「話せる人がいない」孤独感
- SNSで「OD仲間」のような情報に触れていた
- 市販薬が家庭・コンビニで簡単に手に入る環境
- 感情調整の手段が他に育っていなかった
- 過去にも自傷の経験があった
- 「眠ってしまえば楽になる」というシンプルな逃避動機
ここで重要なのは、SNSの影響です。思春期のODは、SNS上で連鎖する傾向があり、特定の薬剤名・服薬量がネット上で出回っています。これは社会全体で取り組むべき課題ですが、家庭でも「SNSと心の健康」のテーマで話す機会が必要だと感じました。
近年、若者の市販薬乱用が社会問題化しており、厚生労働省も対策に乗り出しています。「市販薬を購入しに行く子ども」を見かけても、店員が声をかけにくい現状や、ネット通販で簡単に入手できる現状——構造的な課題も多くあります。ご家庭で全部を防ぐのは現実的に難しいですが、家庭内の薬の管理、SNSの利用についての対話、心の不調への早期介入、この3つはご家族が取り組める対策です。
背景にある精神疾患・症状
ODの背景には、診断のついていない、あるいは未治療の精神疾患が潜んでいることがほとんどです。代表的なものを整理します。
抑うつ症状(うつ病)——気分の落ち込み、興味の喪失、不眠または過眠、食欲の変化、自責感、絶望感、希死念慮。思春期のうつ病は「イライラ」「不機嫌」として現れることもあり、大人のうつとは少し違う見え方になります。
不安症——常に何かが心配で落ち着かない、人前で過剰に緊張する、特定の場面が極度に怖い。社交不安症、全般性不安症、パニック症などが思春期に発症しやすいです。
解離症状——「自分が自分じゃない感じ」「ぼんやりして時間が飛ぶ」「気がついたら別のことをしていた」など。強いストレスへの心の防衛反応として現れます。ODが解離状態の中で起こることもあります。
境界性パーソナリティ症の傾向——感情の波が激しい、対人関係が極端、自傷や衝動的な行動が繰り返される。思春期は気質が固まる前の時期なので「傾向」として捉えますが、ODと関連することがあります。
PTSD・複雑性PTSD——過去のトラウマ体験(虐待、いじめ、事故、性被害など)が背景にあるケース。フラッシュバック、過覚醒、回避、解離などの症状を伴います。
これらは並存することも多く、専門家による正確な見立てが大切です。ODは「単独の行動」ではなく、「背景にある何かのサイン」として捉え、根っこにある状態への治療を始めることが、再発予防につながります。
看護師として、私が向き合ったこと
①「もうしないで」を約束させない
「もうしないって約束して」「家族のために」——これらの言葉は、本人を追い詰めるだけです。約束できない自分への自己嫌悪が増し、結果的に再度のODに繋がるリスクが高まります。
代わりに私が伝えたのは、「またあの夜のような気持ちになったら、薬じゃなくて、まず誰かに話してほしい」。看護師の私、心理士、家族、相談電話——どれでもいい、選択肢があることを繰り返し伝えました。「話す相手は誰でもいい、ただ薬を飲む前に、一つでも別の選択肢を試してほしい」というメッセージです。
Gさんと一緒に、「次に苦しくなった時の連絡先リスト」を作りました。携帯のメモ帳に、夜中でも繋がる相談窓口の番号、信頼できる友人のLINE、外来主治医の予約外連絡先、家族のメッセージ——「これを見ても誰にも話せないなら、それでもいい。ただリストがある、ということを覚えていてほしい」と伝えました。
②感情を言葉にする練習
「全部オフにしたかった」のグチャグチャを、「悲しい」「悔しい」「不安」「怒り」「虚無感」などに分解する練習を一緒にしました。これは認知行動療法でいう感情の言語化。
感情に名前がつくと、対処法を選びやすくなります。「悲しい」なら泣くか話す。「怒り」なら身体を動かす。「不安」なら呼吸を整える。名前のない感情は対処法も見つけられないのです。
Gさんは、最初は「分かんない」「ぐちゃぐちゃ」としか答えられませんでした。でも、「悲しい寄り?怒り寄り?」と二択で尋ねる、「30個くらいある感情カードの中から、一番近いのを選んでみる」など、選択肢を小さく与える形でトレーニングを続けるうちに、少しずつ「今は孤独」「今はイライラ」と、自分の状態を言葉にできるようになっていきました。
③医療+心理+環境のセット支援
ODは「その日の感情」だけで起こるのではなく、長く積もった抑うつ・不安が背景にあります。主治医による薬物療法、心理士によるカウンセリング、家族・学校との環境調整がセットで初めて回復が進みます。
Gさんの場合、入院中に抗うつ薬を開始し、認知行動療法のセッションを週1回、家族療法を月1〜2回。退院後も外来通院を続け、学校とも連携を取りました。一つの治療だけで回復するわけではなく、複数のサポートが束になって、本人の回復を支える——これがOD後の標準的なケアの形です。
家庭での薬の管理について
Gさんのご家族が退院後に取り組んだことの一つが、家庭の薬の管理でした。
- 市販薬は必要分だけ買う(買い置きを減らす)
- 薬は大人が管理する場所に保管
- 処方薬は1回分ずつ手渡す
- 不要な薬は薬局で適切に廃棄
- 「隠す」のではなく「日常的に管理する」姿勢で
- 家族全員の薬(祖父母の処方薬含む)も視野に入れる
- 家庭にある「危険なもの」(鋭利な刃物・農薬・洗剤)も同様に管理を見直す
これは「信頼していない」のではなく、「再発のリスクを減らす環境調整」。本人にもその意図を伝え、納得してもらった上で運用します。詳しい薬剤の取り扱いは薬剤師さんが相談に乗ってくれます。
「監視されているようで嫌だ」と本人が嫌がる場合もあります。その時は、「家族みんなの安全のために、薬は一箇所にまとめて管理することにした」「これはあなただけのルールじゃなく、家族みんなのルール」と伝える形がスムーズです。実際、ご家族自身の処方薬も同じ場所で管理することで、「特別扱い」感を減らすご家庭もあります。
家庭外での購入を完全に防ぐのは不可能なので、「家族外で買ってきた薬」がないか、本人の様子に注意することも必要です。といっても「カバンを勝手に開けて確認する」のは信頼関係を壊すので、避けます。本人の表情、言葉、生活リズムの変化——「再発のサイン」を観察することで、隠れた行動に気づける場合があります。
入院中の生活と治療の流れ
「精神科入院」と聞くと、ご家族は不安を抱きます。具体的にどんな生活で、どんな治療が行われるかを知っておくと、入院を選択肢として持ちやすくなります。
1日のスケジュール
児童精神科の病棟は、構造化された規則的な生活が基本です。朝7時起床、朝食、検温、午前中はOT(作業療法)や心理面談、昼食、午後はリクリエーション、学習時間、夕食、入浴、消灯21〜22時——病院によって少しずつ違いますが、こうしたリズムが基本です。
OD後で生活リズムが乱れている本人にとって、規則的な生活そのものが治療になります。「夜眠って朝起きる」「決まった時間に食べる」——これだけで身体のリズムが整い、心の方も整い始めます。
治療の柱
入院中の治療は、主に4つの柱で進みます。1:薬物療法——抗うつ薬、抗不安薬、必要なら気分安定薬などを処方します。効果が安定するまで数週間〜数ヶ月かかるので、入院中に開始して経過を見るのが一般的です。
2:心理療法——認知行動療法、対人関係療法、必要ならトラウマフォーカスト心理療法など。週1〜2回、心理士とのセッションが入ります。
3:作業療法(OT)——手作業、運動、表現活動などを通じて、生活技能や対人スキルを取り戻すリハビリ。「楽しいから参加する」感覚で、自然に回復が進むよう設計されています。
4:家族療法・心理教育——ご家族と本人が一緒に行うセッション、ご家族だけのセッション、本人だけのセッション。退院後の家庭での生活設計を、一緒に組み立てていきます。
面会と外出・外泊
入院初期は面会が制限されることもありますが、状態が安定してくれば、面会・外出・外泊と段階的に解禁されていきます。「いきなり家に帰る」のではなく、「短い外出から始めて、徐々に家にいる時間を増やす」というステップで、退院後の生活への移行をスムーズにします。
入院期間
OD後の精神科入院は、平均して2週間〜2ヶ月程度。状態と治療の進捗によって変わります。「思ったより短い」と感じるかもしれませんが、入院期間で全てを治すのではなく、「家庭での生活に戻れる基盤を作る」「外来通院で続けられる治療の方針を立てる」のが目的です。退院後の長い時間の中で、徐々に回復していくイメージで捉えてください。
入院費用については、医療費の助成制度(自立支援医療、子ども医療費助成など)が活用できる場合があります。病院の医療相談員(MSW)が、利用可能な制度を案内してくれます。経済的な不安がある場合は、初期の面談で必ず相談してください。
「安全契約」という関わり
OD・自傷経験のあるお子さまへの対応の中で、「安全契約(セーフティプラン)」という考え方があります。これは、本人と治療者・ご家族の間で交わす、「次に危ない兆候が出たときの対応プラン」のことです。
安全契約に含める典型的な項目は、次のようなものです。
- 再発のサイン:「眠れない夜が3日続いたら」「食欲が極端に落ちたら」「『眠りたい』と頻繁に言うようになったら」
- その時の対処:1番目に試すこと、2番目、3番目——具体的な行動リスト
- 連絡先:1番目に電話する人、2番目、3番目——複数の選択肢
- 環境調整:危険物を物理的に遠ざける具体的な対応
- 緊急時:救急受診の判断基準、搬送先の医療機関
安全契約は、本人と一緒に作ることが大切です。「親が作って渡す」のではなく、「本人と話し合って、本人の言葉で書き出す」。本人のスマホのメモ帳、紙のノート、冷蔵庫に貼る大判の紙——本人がアクセスしやすい場所に置きます。
「契約」という言葉が硬いと感じる場合は、「危ない時のプランB」「サバイバルキット」など、本人が受け入れやすい呼び方に変えても構いません。形式より、「本人と家族が一緒に、危機への備えを考えた」という事実が大事です。安全契約は、症状が落ち着いている穏やかな時期に作成しておくのが望ましいです。危機の真っ只中で作ろうとしても、感情に揺さぶられて冷静に考えられないからです。
主治医とのセッションの中で、安全契約を一緒に作るのが理想的な形です。「家でこれを作ろうとしたが上手くいかない」と思ったら、外来診察の時に主治医に「安全契約を一緒に作っていただけますか」と依頼してください。専門家の伴走があると、より実用的なプランになります。
「死にたい」と打ち明けられたら——具体的な聴き方
お子さまから「死にたい」「もう感じたくない」と打ち明けられたとき、ご家族の心は凍りつきます。動揺の中でも、本人の言葉を否定せずに聴くために、具体的な聴き方を整理します。
NG:「そんなこと言わないで」
本人の言葉を封じる反応。次から「もう絶対親に言わない」と決めてしまいます。
NG:「お父さん(お母さん)が悲しいよ」
親の感情を背負わせる言葉。「自分が親を悲しませている」と本人がさらに自責の念を持ちます。
NG:「みんな辛い時があるんだから」
本人の苦しさを矮小化する反応。「自分の辛さは大したことない」と本人が感じ、より閉じます。
OK:「そう感じるほど辛いんだね」
本人の感覚を否定せず、ただ受け止める。これだけで、本人は「ここでは話してもいい」と感じます。
OK:「話してくれてありがとう」
打ち明けてくれた行為自体に感謝を伝える。本人が「話して良かった」と感じる関わり。
OK:「もっと詳しく教えてくれる?」
本人の話を引き出す問いかけ。「答えなくてもいい」とも伝えながら、本人が話したい範囲で聴きます。
OK:「一緒に専門家に相談してみよう」
本人を一人にせず、専門家に繋ぐ姿勢。「親に何か言われる」ではなく、「親が一緒に動いてくれる」という安心。
これらの聴き方は、咄嗟には出てこないので、平時のうちに「打ち明けられたらこう答える」と頭の中でシミュレーションしておくと、いざという時に動けます。配偶者と「もし子どもがこう言ってきたら、こう答えよう」と話し合っておくのも有効です。シミュレーションは、運転免許で習う「危険予測」と似ています。実際に起きてから考えるのではなく、平時に考えておくからこそ、瞬間的に動けるのです。
SNSとの付き合い方
SNSがODの引き金や持続要因になっているケースは、現場で年々増えていると感じます。具体的にどう向き合うかを整理します。
まず、「SNSを完全に禁止する」のは現実的ではないこと。完全に禁止すると、本人が「監視される」「自由がない」と感じ、ご家族との関係が悪化します。隠れて利用したり、家族に内緒のアカウントを増やしたりする可能性もあります。
現実的なアプローチは、「SNSとの付き合い方を一緒に話し合う」こと。「どんなアカウントをフォローしているか」「どんな情報を見ているか」を、責めずに尋ねる。本人が話してくれたら、「そのアカウントを見ていると、どんな気持ちになる?」と、本人の感覚に焦点を当てて対話します。
「メンヘラ系」「病み系」のアカウントに居場所を感じているなら、その気持ちは尊重しつつ、「触発される投稿があったら、距離を取ることも考えてみて」と提案します。「フォローを外す」「特定のキーワードをミュートする」「夜寝る前は見ない」など、本人が選べる小さなルールを一緒に考えます。
逆に、SNSで助けになる繋がりも多くあります。同じ経験をしている人とのピアサポート、24時間チャット相談、メンタルヘルスに関する正確な情報発信——「悪い影響だけ」と決めつけず、本人にとって支えになる繋がりは大切にしてください。「あなたのいばしょ」のチャット相談、自治体の若者向けSNS相談など、公的な窓口もSNSベースで充実してきています。
SNSの利用について本人と話すコツは、「監視ではなく対話」。「何を見ているの?」と詰問するのではなく、「最近気になっているアカウントある?」「そういうの見てると、どんな気持ちになる?」と、雑談ベースで関心を示すこと。本人が「親は自分のSNS生活に興味を持ってくれている」と感じると、自然と話してくれる場面が増えます。
緊急連絡先
もしご家族のお子さまがODをしてしまった場合、または「死にたい」「もう感じたくない」と訴えている場合、迷わず以下の窓口を活用してください。
- 救急(119):意識低下・呼吸異常・意識がもうろうとしている
- #7119:救急要否の相談
- 中毒110番(日本中毒情報センター):大阪072-727-2499(24時間、小児中毒対応)、つくば029-852-9999(9〜21時、一般中毒対応)
- いのちの電話(0570-783-556、10〜22時)
- よりそいホットライン(0120-279-338、24時間無料)
- こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)
- チャイルドライン(0120-99-7777、18歳までの子ども向け)
- 24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)
- あなたのいばしょチャット相談:webサイトから24時間チャット
- 精神科救急情報センター:各都道府県に設置(地域名+精神科救急で検索)
※中毒110番の番号は変更がある可能性がありますので、最新情報は日本中毒情報センターのウェブサイトでご確認ください。
「呼ぶほどじゃないかも」と迷う段階で、まず電話相談を活用してください。電話の方が「これは119を呼ぶ案件」「これは様子を見て大丈夫」と一緒に判断してくれます。一人で抱え込まないことが、最大の予防策です。
救急対応の流れを知っておく
万が一お子さまのODを発見したとき、慌てないために、対応の流れを記しておきます。
意識がない・呼吸が弱い場合
即座に119へ。「子どもがODしてしまった、意識がない」と伝えれば、救急隊員が来てくれます。可能なら、飲んだ薬の空容器・残薬を救急隊員に渡してください。何を、どれくらい飲んだかが分かると、治療が早く始められます。
意識はあるが、ODをしたと打ち明けられた場合
「いつ、何を、どれくらい飲んだか」を確認しつつ、すぐに中毒110番(大阪072-727-2499、24時間小児対応)に電話して指示を仰いでください。薬剤師が、その薬の量と時間で生じうるリスクを評価し、救急受診の要否を判断してくれます。
受診時の持参物
飲んだ薬の容器・パッケージ・残薬・お薬手帳・健康保険証・診察券・着替え・スマホ・充電器。可能なら、本人を発見した時の様子(時刻、状態、嘔吐の有無など)をメモしておくと、医療側に伝えやすいです。
救急外来でのやり取り
救急外来では、身体の応急処置(胃洗浄、活性炭投与、点滴など)と並行して、精神科コンサルテーションが入ります。「精神科の医師と話してください」と言われたら、それは標準的な流れです。本人とご家族から話を聞き、入院の要否を判断します。
身体的に安定したら、精神科病棟への転棟、または自宅退院(外来通院フォロー)が選択肢になります。再発リスクが高い場合は、精神科入院が推奨されます。本人が嫌がっても、ご家族の判断で入院を決められる「医療保護入院」という制度もあります。「入院を勧められたら断ろう」と決めつけず、医師の判断を尊重して話し合ってください。入院は「閉じ込め」ではなく「治療を集中的に進める場」です。
学校との連携——OD後の段階的な復学
OD経験後、学校への復帰は慎重に進める必要があります。あまり急いで戻すと、本人にとってのプレッシャーになり、再発リスクが高まります。一方で、いつまでも休ませると社会から孤立し、別の問題が生じます。段階的な復学のプランを、ご家族・本人・主治医・学校で組み立てます。
第1段階:欠席期間中のフォロー
入院中・退院直後は学校を休みます。学校との連絡は、ご家族が窓口になります。「精神的な不調で治療中」という最低限の情報を、養護教諭・スクールカウンセラー・担任に伝えます。詳細を全教員に共有する必要はありません。プリント類は溜め込まず、必要な分だけご家族が受け取って整理しておきます。
第2段階:保健室登校・別室登校
体調が安定してきたら、いきなり教室には戻らず、保健室や別室で短時間過ごすところから始めます。週に1〜2日、1〜2時間程度から。「学校という空間に身を置くこと」自体に慣れるのが目的。出席日数にもカウントされます。
第3段階:時間制限付き教室登校
保健室登校に慣れてきたら、特定の授業だけ教室に入る、午後だけ教室で過ごす、好きな科目だけ参加する——というステップへ。「全日登校」ではなく「部分参加」の柔軟な形態を、学校と相談して作ります。
第4段階:通常登校(柔軟な形で)
段階的に通常登校に近づけていきます。ただし「完璧に出席」を目指さず、「体調が悪い日は休める」「保健室に行ける」「早退できる」という柔軟性を、家庭・学校で共有しておきます。「無理に行く」ではなく「無理なく続ける」が長期的な復学の鍵です。
そして、本人が「やっぱり戻れない」と感じる時期があってもいい。フリースクール、通信制、転校など、別の選択肢も柔軟に検討します。「元の学校に戻る」だけがゴールではない、というスタンスを忘れないでください。詳しくは「1年半学校に行けなかった中学生Fさんの話」もご参考に。
退院後の生活設計
OD後の退院は、ご家族にとってもお子さま本人にとっても、大きな転換点です。退院後の生活設計を、慎重に組み立ててください。
外来通院——退院直後は、週1〜2回の外来通院を続けます。徐々に間隔を空けていきますが、最低でも半年〜1年は通院を継続するイメージです。主治医との関係を、長期的なものとして大切にしてください。
家庭の環境——薬の管理、本人が一人になりすぎない時間の設計、家族との対話の時間を意識的に確保します。「監視」ではなく「見守り」のバランスが大事です。
学校との連携——本人の同意を取った上で、養護教諭やスクールカウンセラーに最低限の情報を共有し、学校でも見守ってもらいます。「学業の遅れを取り戻す」より「安全に学校生活を送る」を優先するスタンスで。
友人関係——本人の信頼できる友人とは、本人のペースで再接続を進めます。「ODのことを誰に伝えるか」は本人が決めることで、親が勝手に伝えない方が信頼関係が保てます。
趣味・楽しみの時間——「治療」だけの生活にならないように、本人が楽しめる時間を意識的に作ります。映画、読書、ペット、推し活、料理——「生きていて良かった」と思える瞬間を、日常の中に散りばめていきます。
きょうだいへの配慮
OD経験のあるお子さまにきょうだいがいる場合、きょうだいへの配慮が特に重要です。OD当日、きょうだいがその場を目撃していたら、トラウマ反応を抱えていることも考えられます。
きょうだいへの説明は、年齢に応じて。「お姉ちゃん(お兄ちゃん)は薬を飲み過ぎて入院したよ。心がしんどくなって、こういうことが起きたんだ。あなたは何も悪くないよ」と、年齢に合わせて事実と「あなたは関係ない」のメッセージを伝えます。情報を隠しすぎると、きょうだいが想像で不安を膨らませることがあるので、適度な情報共有が必要です。
OD当日を目撃したきょうだいには、悪夢・不眠・恐怖・罪悪感などのトラウマ反応が出ることがあります。「お姉ちゃんを助けられなかった」「私が気づくべきだった」と自分を責めるきょうだいもいます。必要なら、きょうだいも別のカウンセラーに繋ぐ、児童相談所や保健センターのきょうだい支援を活用するなど、ケアを忘れないでください。
そして、「きょうだいだけの時間」を意識的に作る。家族全体の関心がOD経験のあるお子さまに集中しがちな分、きょうだいへの埋め合わせを、行動で示してください。
市販薬乱用の社会的背景
市販薬乱用は、近年若者の間で社会問題化しています。「個人の問題」「家庭の問題」だけでは語れない、構造的な背景があることを知っておくと、ご家族の自責感を和らげる助けになります。
市販薬は、処方薬と違って医師の処方箋なしに購入できます。ドラッグストア、コンビニ、ネット通販——本人が買おうと思えば、家族に知られずに入手できる状況があります。「乱用のおそれのある成分」を含む市販薬には、購入時の本人確認が義務化されつつありますが、現実には十分に機能していない店舗もあります。
SNSやインターネットには、ODに関する情報が広く流通しています。「どの薬を、どれくらい飲むと、どうなるか」が、検索すれば容易に見つかる状況。これは公衆衛生上の課題として、政府も対策に動いていますが、完全な情報遮断は不可能です。
「うちの子だけがおかしいわけではない」——これは事実です。コロナ禍以降、若者の市販薬乱用は急増し、東京の渋谷など特定の地域に集まる若者の問題としても報じられています。ODは、個別のご家庭の問題ではなく、社会全体で取り組むべき課題でもあります。ご家族が「自分の育て方が悪かった」と一人で抱え込まないでください。 社会全体での対策が進む一方で、ご家庭でできる予防策も無視できません。家庭内の薬の管理、SNS利用についての対話、心の不調への早期介入——この3つを地道に積み重ねることが、ご家族レベルでできる最大の予防です。
夫婦・家族の温度差
OD後の対応で、夫婦間の温度差が広がることはよくあります。「もっと早く気づくべきだった」と母親が自責する一方で、父親は「考えすぎだ」「気を遣いすぎ」と感じる——逆のパターンもあります。
夫婦で揃えておきたい最低限の方針は、「責めない」「専門家に繋がる」「家庭の薬を管理する」「同じスタンスで本人に接する」の4つ。この4つだけ揃えば、細かい違いがあっても本人の安全は守れます。
そして、夫婦で話す時間を、本人がいないところで定期的に持つこと。お互いの感情、不安、戸惑いを、本人の前ではなく、別の場所で出し合う。これがなければ、夫婦関係が疲弊して、家族全体が崩れます。
祖父母世代との温度差も注意が必要です。「精神科に入院なんて、世間体が悪い」「ただの反抗期」「もっと厳しくしつければ」——時代背景の違う言葉が、ご家族を追い詰めることがあります。祖父母には、最低限の事実だけを伝え、詳細を共有するかどうかは、本人とご夫婦で決めてください。
親自身のメンタルケア
お子さまのODを経験したご家族は、長期間にわたり強いストレスを抱えます。OD当日のショック、その後の自責感、「次に何かあったら」という常時の警戒、夜中に物音がするたびに飛び起きる過敏性——これらはPTSD(心的外傷後ストレス障害)に近い反応であることもあります。
ご家族自身も、必ず心療内科やカウンセリングを利用してください。「子どもが大変なときに、自分のことなんて」と後回しにすると、ご家族の方が先に倒れます。お子さまを支える土台が崩れないためにも、ご家族自身のケアは「贅沢」ではなく「必需品」です。
同じ経験をした親のグループに参加するのも、強い支えになります。OD経験者の親、自死遺族の家族会、自傷を抱える子の親の会——同じ立場の人たちとつながることで、「自分だけじゃない」という感覚が得られます。SNSの匿名アカウントで愚痴をこぼせる場所を持つのも、現実的な手段です。
地域によっては、自治体が主催する家族支援プログラム、保健所主催の家族教室なども開かれています。お住まいの地域の精神保健福祉センター、保健センターに問い合わせると、利用できる資源を紹介してくれます。「自分が支援を受けるなんて」と抵抗を感じる方も多いですが、これらの支援は、まさにご家族のために用意されているものです。遠慮せず活用してください。
深夜に不安が強くなる方は、24時間対応の電話相談やチャット相談を予め知っておくと安心です。「深夜の不安を24時間相談できる窓口」もご参考に。読書する余裕がない時期には、耳で聴く育児書を家事や移動中に流すのも一つの方法です。
「医療保護入院」という制度を知っておく
OD後の対応で、ご家族が知っておきたい制度があります。「医療保護入院」というものです。
医療保護入院は、本人の同意が得られない場合でも、家族(保護者)の同意と精神保健指定医の判断で精神科入院ができる制度です。本人が「絶対に入院したくない」と言っても、命の危険があるなど治療が必要と判断されれば、家族の判断で入院を選択できます。
「子どもの意思を無視するのは可哀想」と感じるご家族もいますが、命の危険がある状況では、本人の意思より「命を守ること」が優先されます。「本人が抵抗していたから入院させなかった」結果、再発で命を失うケースは、決してゼロではありません。
医療保護入院は、原則として一定の期間で見直しがあり、本人の状態が安定すれば任意入院や退院に移行します。「閉じ込められっぱなし」になるわけではないので、過度に恐れる必要はありません。主治医と十分に話し合い、ご家族として最善と思う選択をしてください。
「ただ聴く」テクニックを身につける
OD経験のあるお子さまへの最も基本的な関わりが、「ただ聴く」です。これは簡単そうに見えて、実は難しい技術です。アドバイスせず、ジャッジせず、解決策を提示せず、ただ本人の話を最後まで聴く——意識的なトレーニングが必要です。
「ただ聴く」のコツを、いくつかご紹介します。
1:相槌は短く、コメントは控える——「うん」「そうなんだ」「それで?」程度で、評価や解釈を加えない。「それは○○だね」と本人の言葉を勝手にラベリングしないこと。
2:沈黙を恐れない——本人が黙る時間も、考えをまとめる時間。沈黙を埋めようと焦って話さない。10秒、20秒の沈黙に耐える練習をしてください。
3:「どうしたらいいと思う?」を本人に返す——アドバイスせず、本人に考えてもらう。「あなたはどうしたい?」「あなたの中で、何が一番大事?」と問い返すことで、本人が自分の答えを見つける手助けをします。
4:本人の言葉を繰り返す——「ぐちゃぐちゃで、もう感じたくなかったんだね」と、本人の言葉をそのまま繰り返すだけで、「ちゃんと聴いてもらえた」感覚が伝わります。
5:自分の感情は別の場所で処理する——本人の話を聴いている最中に、自分の中の動揺・怒り・悲しみは抑える。後で配偶者や友人、カウンセラーに自分の感情を吐き出します。
これらは、看護師や心理士の研修でも繰り返し練習する基本的なスキルです。家庭で完璧にできなくても、「意識する」だけで本人への接し方が変わります。「うまく聴けなかった」と落ち込む日があってもいい。次の日また、新しいスタンスで関わり始めればいい——この継続が、長期的に本人の安心感を育てます。
「ただ聴く」を学ぶためには、書籍やカウンセリングの本を読むのも参考になります。「マイクロカウンセリング」「アクティブリスニング」などのキーワードで検索すると、ご家族向けの実践書も見つかります。書籍を読む余裕がない時は、Audibleで耳で聴く育児書を家事や移動中に活用するのも一つの方法です。
再発予防——何度も繰り返さないために
残念ながら、OD経験のあるお子さまは、再発のリスクがあります。一度きりで終わるケースもあれば、何度も繰り返してしまうケースもあります。再発予防のために、現場で大切にしているポイントを整理します。
1:受診の継続——「もう大丈夫」と感じても、自己判断で通院を中断しない。少なくとも1年は外来を続け、症状が安定してからも年に数回はフォローアップを。
2:薬の継続——抗うつ薬や抗不安薬は、効き始めるまでに数週間、効果が安定するまでに数ヶ月かかります。「効いていない」と感じても、自己判断で中断しない。やめる時は必ず主治医と相談を。
3:再発のサインの可視化——本人と一緒に「再発のサイン」をリスト化しておく。「夜眠れない日が続く」「食欲が落ちる」「人と会いたくなくなる」「『眠りたい』が増える」——本人にしか分からない前触れを言葉にしておき、サインが見えたらすぐに主治医に連絡できる体制を作ります。
4:危険物の継続管理——薬の管理は、症状が安定してからも続ける。「もう大丈夫」と感じて管理を緩めたタイミングで再発、という現場のケースは少なくありません。
5:ライフイベントへの備え——進級、進学、卒業、就職、引越し、家族の死別——大きなライフイベントは再発リスクが高まります。事前に主治医と話し合い、サポート体制を強化しておきます。
もし再発してしまった場合も、それは「失敗」ではありません。「以前の経験を踏まえて、より早く対応できる」と捉え直してください。前回のOD後にカウンセリングと薬物療法を続けていたなら、その治療が「今回も命を守った」可能性は十分にあります。
再発時の対応で大切なのは、「以前の経験で学んだことを思い出して、最速で動く」こと。前回どこに搬送したか、主治医は誰か、夜間でも繋がる窓口はどこか——これらを家族で共有しておくと、混乱せずに動けます。再発のショックでご家族が固まらないためにも、平時に「次にあったらこう動く」を話し合っておくことが、ある種の予防策にもなります。
ご家族にお伝えしたいこと
- 「死ぬ気はなかった」としても、命の危険は同じ
- 「もうしない」を約束させるより、「また辛くなったら話して」と伝える
- 家庭の薬の管理を見直す
- SNSの使い方について、責めずに話す機会を作る
- 専門家との連携を切らさない
- 家族自身もカウンセリング・休養を
- きょうだいへの配慮を忘れない
- 夫婦で方針を統一する
- 長期的な視点で見守る
長期的な回復のイメージ
OD経験のあるお子さまの回復は、数ヶ月〜数年単位の長い道のりです。途中で再発したり、別の症状(自傷、摂食障害、抑うつなど)が現れたりすることもありますが、適切な治療と環境のもとで、確実に回復していくケースが大半です。
典型的な回復のステージを記します。
第1ステージ:危機脱出と入院治療——身体的な危機を脱し、精神科で初期治療を受ける時期。数週間〜数ヶ月。
第2ステージ:退院と外来通院——退院し、外来通院で治療を継続する時期。生活リズムを取り戻し、薬と心理療法を続ける。数ヶ月〜半年。
第3ステージ:日常生活への復帰——学校・進学先・職場など、社会との関わりを少しずつ取り戻す。半年〜1年。
第4ステージ:自立と長期管理——本人が自分の心の状態を管理する力を身につけ、ストレス対処を自分でできるようになる。1年〜数年。
第5ステージ:経験の統合——OD経験を、人生の一部として受け入れて生きていく。「あの頃の自分も自分」として、過去を否定せずに歩む。
大事なのは、「直線で進む」のではなく「らせん状に上がっていく」イメージで見ること。途中で逆戻りしても、それは回復の一部です。「ここまで来た自分」を、本人とご家族の両方で大切にしてください。
そして、回復の最終的なゴールは「OD前の状態に戻る」ではないことも、知っておいてください。OD経験を経た本人は、別の意味で深い経験を持っています。「自分はどんな時に追い詰められるか」「どう対処すれば乗り切れるか」「誰に頼れば助けてもらえるか」——これらの自己理解は、OD前の自分にはなかったものです。「経験を消す」のではなく「経験を持って前に進む」——これが、回復の本質だと、現場で何度も確認してきました。
まとめ|「もう感じたくない」の声に、耳を澄ます
Gさんが教えてくれたのは、ODは「死にたい」とは限らないけれど、確かに命の危機であるということでした。
「もう感じたくない」という声が出るほど追い詰められている時、誰かに繋がる選択肢が手元にあるかが、一夜の決断を変えます。
もしお子さまが似た言葉を口にしたら、責めずに、ただ受け止めてください。そして、専門家に必ず繋がってください。家族だけで抱えるテーマではありません。緊急時の連絡先は、本人だけでなく、ご家族みんなのスマホに登録しておきましょう。「もしもの時にどこに電話する」を、家族会議で決めておく——これだけで、いざという時の動きが変わります。
同じ状況のご家族へ伝えたい3つのこと
①「死にたい」と「もう感じたくない」は近い
市販薬の大量服薬(OD)は、必ずしも「死ぬため」とは限りません。「強烈な苦しさを一旦止めたい」「感じることをやめたい」という、強い心の痛みの表現であることが多いです。「死にたかったの?」と問い詰めるより、「そんなに辛かったんだね」と痛みを受け止めるのが、最初の関わりとして大事です。本人の言葉を否定せず、ただ聴く——これだけで、本人は「ここでは責められない」と感じ、次の対話が可能になります。
②家庭内の薬・刃物を整える
家庭内の市販薬・処方薬・刃物・尖ったものを、本人の目につかない場所に移すのは、現実的な対応です。「信頼していないわけではない」ことを本人にも伝え、「家族みんなの安全のため」と説明する形で、一緒に環境を整えてください。一度の整備で終わりではなく、定期的に「薬は揃っているか」「危険物はないか」を見直す習慣を、家族のルーティンに組み込みます。
③長期的な治療と並行して、緊急時対応も準備
OD経験のある子は、再発リスクが一定程度あります。児童精神科での継続的な治療と並行して、「次に危ない兆候が見えた時にどうするか」を、本人・家族・主治医で共有しておくと安心です。「いざという時の連絡先・搬送先」を、家族で確認しておいてください。「再発を防ぐこと」だけでなく「再発した時に最速で動けること」も、ご家族の備えとして大切です。
よくある質問(FAQ)
Q1. ODの兆候は?
「最近、市販薬の在庫が減っている」「薬局によく行く」「『眠りたい』と頻繁に言う」「自傷の傷跡がある」、これらに該当する場合、要注意。本人と話す機会を作り、家庭内の薬の保管を見直してください。SNSのアカウントを確認できる場合は、メンタル系のアカウントを多くフォローしていないかも参考になります。
Q2. 救急対応の判断
意識がはっきりしない、呼吸が浅い・遅い、嘔吐が続く、体温の異常、大量服薬の確証がある——これらは即119。意識はあるが「飲んだ」と打ち明けられた場合は、中毒110番(大阪072-727-2499、24時間小児対応)に電話して判断を仰ぎます。
Q3. 入院は必要?
身体的なリスクが残っている場合は身体科の入院、精神的な再発リスクが高い場合は精神科の入院が検討されます。「入院は最終手段」ではなく、「家族とお子さまの両方が一度休むための場」として捉えてください。本人が嫌がっても、医療保護入院という制度もあります。主治医の判断を尊重して話し合ってください。
Q4. 学校にはどう伝える?
本人の同意を取った上で、養護教諭やスクールカウンセラーに最低限の情報を伝えます。担任には「精神的な不調で通院中」程度の伝え方でも構いません。すべての教員に詳細を共有する必要はなく、本人にとって安全な学校環境を作ることに集中してください。
Q5. 友達はどうする?
「ODのことを友達に伝えるかどうか」は、本人が決めることです。親が勝手に友達やその親に伝えるのは避けてください。本人が「親友には話したい」と言うなら尊重し、「絶対に知られたくない」なら秘密を守ります。本人の信頼は、こうした細部で築かれます。
Q6. 自分を責めてしまう
「気づけなかった私が悪い」「育て方が間違っていた」——ご家族が自分を責めるのは自然な反応です。でも、責任追及で本人が回復するわけではありません。「これから何ができるか」に焦点を移してください。ご家族自身もカウンセリングや心療内科を活用し、心の整理を進めながら、お子さまを長期的に支える体制を整えていきましょう。
Q7. SNSとの付き合いを変えさせるには?
強制的に禁止するより、「触発される投稿が多いアカウントから、距離を取ってみる練習」を一緒に提案します。完全に切るのは難しくても、「夜寝る前は見ない」「メンタル系のキーワードをミュート」など、小さなステップから。本人が嫌がる場合は無理せず、医療チームに相談して進めてください。
Q8. もう一度ODしたらどうしよう
「次があるかも」という不安は、ご家族にとって常時の重みです。再発予防の対策(薬の管理、外来通院、再発サインのリスト化、緊急連絡先の準備)を整えることで、不安を少しずつコントロールしてください。万が一再発しても、前回より早く対応できるよう、ご家族の備えが命を守ります。
読者の方へのメッセージ
Gさんの話は、思春期のODが「死にたい」とは限らない、けれど「命の危険」は変わらない——という、複雑な事実を私に教えてくれたケースです。お子さまが「もう感じたくない」「眠りたい」と訴えるとき、それは助けを求めるサインです。早めに専門家に繋がり、家族で対応の方針を統一し、再発を防ぐための環境調整を進めてください。
そして、もしすでに事が起きてしまっているご家族へ。「責めない、自分も追い詰めない、専門家に繋がる」——この3つを、ご家族とお子さまの両方に当てはめて、長期戦に備えてください。OD経験のあるお子さまの多くが、適切な治療と環境のもとで、確実に回復していきます。回復のスピードは人それぞれですが、希望は確実にあります。
Gさんも、退院から半年後の外来で会ったとき、髪を整え、軽く笑顔も見せてくれるようになっていました。「あの夜は、もう感じたくなかった。今は、感じることが少し怖くなくなった」と話してくれました。回復は、ゴールではなくグラデーション。ご家族と一緒に、その緩やかな歩みを支えていけることを、現場で何度も見てきました。
もし今、ご家族が一人で抱え込んでいるなら、まず一つだけお願いがあります。「一人で抱えないでください」。配偶者、信頼できる友人、医療機関、相談窓口、同じ立場の親の会——どこか一つでも繋がってください。OD経験のあるお子さまを支えるご家族にとって、孤立は最大の敵です。「自分のケアは、子どもへの投資」と捉え直して、ご家族自身が無事でいることを最優先にしてください。
「今日を一緒に過ごせたこと」「明日もまた一緒に朝を迎えられたこと」——OD経験を経た家族にとって、これは奇跡のような出来事です。その奇跡を、毎日積み重ねていく。派手な進歩はなくても、続けることが回復です。長い旅になりますが、確実に、本人もご家族も変わっていきます。今は信じられなくても、半年後・1年後の景色を、現場の経験から、希望を持ってお伝えしておきます。
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著者プロフィール
星野レン(ほしの れん)
看護師歴8年、うち児童思春期精神科の病棟で5年勤務。自傷行為、希死念慮、不登校、発達障害、思春期のメンタル不調を抱えるお子さまとご家族のケアに従事。現場で得た知見を、家庭で応用できる形で発信しています。本記事のような体験談は、特定のお子さまの単独エピソードではなく、現場で繰り返し出会ったパターンを再構成した「典型像」として描いています。ご家族が「うちの状況と重なる」「このセリフ、聞いたことがある」と感じる部分があれば、書いた甲斐があったと感じます。
免責事項
本記事は児童思春期精神科での臨床経験をもとにした体験談で、特定のお子さま・ご家族の事例を直接記したものではありません。複数の現場経験を再構成し、本人および関係者が特定できない形に配慮して執筆しています。医療的な診断・治療方針を示すものではありません。オーバードーズは命に関わる重大な症状です。お困りの場合は、必ず救急(119)、児童精神科・心療内科、または記載の緊急連絡先にご相談ください。本記事の内容は一般的な情報であり、個別の症例に対する医療的アドバイスを構成するものではありません。本記事を読んで「自分の家庭の対応の参考にしたい」と感じた方は、まず主治医や専門家とご相談の上、個別の状況に応じた対応を検討してください。


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