制服の長袖の下にあったDさんの傷|「責めない」を学んだ夜【児童精神科看護師の体験談】

夕暮れの病室のベッドサイドで、女の子の手を両手で包んで向き合う白衣の看護師。責めずに寄り添う関わりのイメージ 児童思春期精神科の現場から

この記事の要点

  • 制服の下に傷を隠していた思春期の子との関わりの記録
  • 自傷は「死にたいから」ではないという本人の言葉
  • 責めないと決めた看護師の判断と、その後の変化
  • 傷の深さでは、本人の苦しさは測れない
  • 自傷に気づいたら、医療機関や相談窓口へ相談を

これは、児童思春期精神科の病棟で出会った、ある思春期のお子さまを通して教えてもらった話です。本人とご家族の特定を避けるため、年齢や性別、家庭背景の細部は変えてあります。デリケートなテーマのため、苦手な方はご無理なさらず読み飛ばしてください。また、特定のお子さまの単独エピソードではなく、現場で繰り返し出会った複数のケースを再構成した「典型像」として描いています。

今日お伝えするのは、長袖の下にリストカットの傷を抱えていた、Dさん(仮)と過ごした時間のことです。傷を初めて見たあの夜、私が動揺しながら学んだのは、「責めない」「やめさせない」という、教科書には載っていなかった姿勢でした。

自傷を「困った行動」ではなく「生きていくための処理」として捉え直すことで、ご家族の関わり方の選択肢が増えるはずです。なお、自傷行為はそのままにせず、必ず専門医療機関とつながってください。記事末尾の緊急連絡先も併せてご覧ください。

初めて傷を見た夜の、私の動揺

担当して数日経った頃、入浴前のときにDさんの腕の傷を初めて目にしました。長袖の制服で隠していた腕の内側に、無数の細い線が走っていました。新しい傷もあれば、古いものもある。色も深さもバラバラで、これだけのものを長期間ひとりで抱えてきたのかと思うと、胸が締めつけられました。

私はその場で平静を装いましたが、内心は「どうして」「止められなかった」「私に何ができる」という感情が一気に押し寄せました。Dさんの目線を見ないようにしながら、淡々と処置の準備をする——その時の手の震えを、今でも覚えています。

処置中、Dさんは無言でした。視線を床に落としたまま、腕を差し出してくれました。「責められる」と覚悟している顔でした。「なんでこんなことするの」「お母さんを悲しませないで」「もう絶対やめなさい」——そう言われ続けて、長袖の下にすべてを隠す習慣がついたのだろうと、想像がつきました。

その日、先輩看護師にこう打ち明けました。「傷を見るのが辛いです」。先輩は静かに言いました。「その辛さは、看護師としてずっと持っていていい。でも、それを本人にぶつけないこと」。そして続けました。「あの子は、傷を見せた瞬間、私たちにジャッジされるのを覚悟している。私たちが揺らがなかったら、それだけで『ここは安全な場所』というメッセージが伝わる」。

その夜、私は宿舎に帰って一人で泣きました。「揺れる自分を本人に見せない」が看護師の仕事であり、揺れる感情そのものを否定する必要はない——先輩の言葉は、その後の看護観の核になりました。

「死にたいから」じゃない、Dさんの言葉

担当して2週間ほど経った頃、Dさんがぽつりと話してくれました。

「死にたくて切ってるんじゃない。切ると、ぐちゃぐちゃの感情が一瞬、リセットされる。それで明日も生きられる気がする」

この言葉は、私の自傷行為への理解を根底から変えました。多くのリストカットは「死ぬため」ではなく、「生きていくため」に行われている——強い感情を処理する手段が他に見つからず、痛みで一時的に心を整えているのです。

もちろん、自傷が続けばリスクは積み重なります。傷の感染、深さの増加、ある日「うっかり」深く切ってしまう事故、そして長期的には希死念慮との混ざり合い——リスクの管理は必要です。でも、「死にたいんでしょう、止めなさい」という単純なフレームでは、本当の苦しみに届きません。

後にDさんは、もう少し細かく話してくれました。「切ると、その『ぐちゃぐちゃ』が一旦止まる。集中するのが痛みだけになるから。そのあと、傷を見て『あ、私まだ感じてる』って確認できる」。「感じる」ことすら難しくなった心が、痛みで自分の輪郭を確かめる——これが自傷の機能の核にあるのだと、Dさんの言葉から教わりました。

自傷の背景にある「脳と心」の仕組み

痛みを感じたとき、脳内ではエンドルフィンと呼ばれる物質が分泌されます。これは天然の鎮痛物質で、痛みを和らげるだけでなく、一時的に高揚感や落ち着きをもたらします。自傷を繰り返すと、本人の中で「苦しい→切る→楽になる」という回路ができあがり、強いストレスへの「対処手段」として定着していきます。

もう一つの仕組みが解離(かいり)です。強い感情に圧倒されたとき、心が現実から少し離れて「ぼんやりした感覚」になることがあります。これは心が自分を守るための反応ですが、長く続くと「自分が自分じゃない感じ」が辛くなります。自傷の痛みは、その解離状態から「現実に戻る」きっかけとして機能することがあります。

つまり自傷は、「感情を抑えるため」と「感情を取り戻すため」という、相反する機能の両方を持ち得ます。どちらにせよ、自傷は本人にとって「役に立っている」行動です。だからこそ、「やめなさい」と言うだけでは、代わりの対処がない状態で本人を放り出すことになります。

看護師として、私が選んだ3つのこと

①「責めない」を徹底する

傷を見ても、責めない。叱らない。表情を曇らせない。淡々と処置をする。「責めない」は、ただ叱らないということではありません。表情、声のトーン、姿勢、視線——すべてに「あなたはここにいていい」というメッセージを乗せる、というプロの姿勢です。最初は意識的にやっていましたが、繰り返すうちに自然になり、本人も少しずつ目線を上げてくれるようになりました。

②「やめる」を目標にしない

「絶対やめなさい」「約束して」は、Dさんを追い詰めるだけだと分かっていました。代わりに目指したのは、「感情を処理する別の手段を一緒に見つける」ことです。

  • 氷を握る(痛みの代替)/輪ゴムを手首に弾く
  • 赤いペンで切りたい場所に線を引く
  • 激しい運動(縄跳び・ジャンプ・スクワット)
  • 冷たいシャワーや冷水で顔を洗う
  • 大きな音でお気に入りの音楽を聴く/枕に思い切り叫ぶ
  • 紙を破る、雑巾を絞る
  • 信頼できる誰かにSOSを送る(短い「つらい」だけでも)

代替手段を選ぶコツは、「自傷と似た刺激を、無害なやり方で得る」こと。冷たさは痛みに近い感覚を生み、運動はエンドルフィンを分泌させ、大きな音は意識を切り替えてくれます。すぐ完璧に切り替わるわけではないけれど、選択肢が増えると、自傷以外で乗り切れる夜が少しずつ増えていきます。

③感情の言語化を支える

「何がしんどいのか分からないけど、しんどい」という言葉にならない苦しみを、少しずつ言葉に置き換える練習を一緒にしました。「ぐちゃぐちゃ」を「悲しい」「悔しい」「不安」と細かく分けていく。これは認知行動療法の入り口でもあります。

トレーニングとしては「感情カード」がよく知られています。30〜50種類の感情の名前が書かれたカードから「今の自分に近いのはどれ?」と選んでもらう。「悲しい」と「寂しい」、「悔しい」と「ふがいない」——似ているようで違う感情を区別できるようになると、自分の中の「ぐちゃぐちゃ」が整理されていきます。

家庭でも応用できるのが、寝る前の「今日のひとこと日記」です。「今日の気持ちは何だった?」と、一日一つだけ感情を言葉にする習慣を作る。紙のノートでもアプリでも構いません。続けるうちに、本人の中で「自分の状態を言葉にできる回路」が育ちます。

自傷の「タイプ」を理解する

自傷行為はひとくくりにできません。タイプによって背景も対応も変わります。

衝動型——考える間もなく刃物を手にしてしまうタイプ。後から「なんでやったか分からない」と本人も困惑することが多く、ADHD傾向や感情調整の難しさを抱えるお子さまに多い印象です。対応の核は「衝動が起きた瞬間に間に挟む行動」を平時のうちに準備しておくこと。冷水を顔にかける、5分間外を歩く、特定の人に電話する——「考える前にこの行動」というルーチンを本人と一緒に作ります。

慢性・常習型——ほぼ毎日、寝る前のルーチンになっている、傷の数を数えている、というタイプ。自傷が「儀式」のように感じられている状態です。対応の核は「習慣を別の習慣に置き換える」こと。寝る前を「日記を書く」「湯船に5分浸かる」など「自分をケアする時間」に、週単位で少しずつ移行します。

解離型——「気がついたら切っていた」「やった記憶が薄い」というタイプ。トラウマ体験や強い慢性ストレスの背景があることが多く、家庭での対応だけでは難しいため、必ず専門医療機関の継続的な治療が必要です。

アピール・関係性型——誰かに気づいてほしい、分かってほしい、という文脈で行う自傷。これを「アピールだから無視していい」と捉えるのは大きな誤解です。「言葉ではどうしても届かない苦しみがある」サインであり、本人にとって命がけのSOSです。対応の核は、「自傷ではない方法で気持ちを伝えられる関係を作る」こと。時間のかかるプロセスですが、最も本質的な対応です。

退院後、Dさんが教えてくれたこと

退院前のある日、Dさんが言いました。

「これから先も、たぶんまた切る日があるかもしれない。でも、切らない選択肢があるって覚えただけで、ちょっと違う」

これは私にとって希望の言葉でした。完全に止まらなくても、「他の手段を持っている自分」を本人が認識できれば、長い目で見ると確実に軽くなっていく。回復はゼロかイチではなく、グラデーションのような形で進みます。

退院から半年後、外来でお会いしたDさんは、傷の頻度がぐっと減っていました。完全にやめたわけではなく、月に1〜2回はまだ切ることがあるとのこと。でも、「氷を握って乗り切れた夜」「友達にLINEして話を聞いてもらった夜」「お風呂で長時間浸かって落ち着いた夜」も増えていて、自傷以外で乗り切れた経験が、本人の自信になっていました。

「治った」のではなく、「他の選択肢が増えた」。これが、現場で目指す回復のかたちです。完璧を求めると、本人もご家族も挫折します。Dさんが退院前に書いてくれたメモには、こうありました。「責められなかったから、ここに来てよかった」。シンプルな一行ですが、これが目指す関わりの結果として残る言葉だと思っています。

ご家族にお伝えしたい3つのこと

①最初の数分で勝負が決まる

傷を発見した瞬間の親の対応で、その後お子さまが親に話してくれるかどうかが決まります。

避けたい反応の典型は、「なんでこんなことしたの!」と詰問する/「お母さんがどれだけ悲しいか分かる?」と罪悪感を植え付ける/「絶対やめるって約束して」と無理な約束を迫る/「学校の先生に言わなきゃ」と本人の同意なく動く/「明日から目を離さない」と監視を強める。どれも親としては自然な反応ですが、本人を「もう絶対見せない」方向に追いやってしまいます。

代わりに伝えたいのは、「気づけてよかった」「ずっと一人で抱えてたんだね」「話してくれてありがとう」「責めるためにこの話をしてるんじゃないよ」「これからどうしたらいいか、一緒に考えていこう」。本人が「ここに話してよかった」と感じる関わりを、最初の数分で示せるかどうかが、その後の関係性を決めます。

②「やめさせる」より「代わりを探す」

家庭で「絶対やめろ」モードに入ると、お子さまは隠れてするようになります。「やめさせる」が目標になると、本人は「自分の対処法を奪う敵」として親を見ます。目指したいのは、「自傷の頻度を少しずつ減らす」「代替手段で乗り切れる日を増やす」「必要なときにSOSを出せる関係を作る」という、より現実的なゴールです。複数の手段を試して本人にしっくりくるものを見つけていく時間そのものが、「対処の引き出し」を増やす作業になります。

③親も一人で抱えない

「恥ずかしい」「知られたくない」と親だけで抱える時期が一番危険です。深夜、本人の部屋から物音がするたびに起き上がる、長袖を着るたびにヒヤヒヤする、刃物の管理に神経を使う、配偶者と方針が食い違って喧嘩になる——こうした緊張が続くと、家庭全体が機能不全に近づきます。

早めに専門家に繋がる利点は、ご家族自身の心理的負担が分散されること、緊急時の連絡先ができること、本人にも「家族以外に頼れる場所がある」という安心が生まれること、薬物療法の選択肢が開けること——多岐に渡ります。「まだ大したことない」と感じる段階で予約を取り始めるのが、結果として最も賢明な動きです。本人が受診を嫌がる場合、親だけの相談から始められます。

傷の手当てと、医療機関に行くべき目安

浅い表面的な傷の場合、まずは流水でしっかり洗浄し、清潔なガーゼで軽く押さえて止血。出血が止まったら、ワセリンや傷パッドで保護します。消毒液については、最近は「過度な消毒は治癒を遅らせる」とされており、流水洗浄+保湿の方が推奨されることも増えています。

処置中の声かけは、なるべく淡々と。「ちょっと染みるかもしれないね」「血、止まってきたね」——医療的なコメントだけに留めて、心理的なコメント(「なんでこんな深く切ったの」など)は避けます。本人が「責められていない」と感じる時間を、処置の間に作るのが大切です。

  • 医療機関へ:傷が深い(脂肪や筋肉が見えるレベル)/出血が15分以上止まらない/刃物が錆びていた、汚れていた/傷の周りが赤く腫れている、熱を持っている、膿が出ている/発熱を伴う/顔・首・胸・腹など腕以外の部位
  • すぐ救急へ:意識がはっきりしない/大量出血/本人が「もう少し深くいけば死ねる」と発言している

意識障害や大量出血があれば119、それ以外で迷ったら#7119(救急相談)に電話します。皮膚科や形成外科でも処置を受けられますが、自傷の背景には精神医療的な対応が必要なので、その後に必ず児童精神科・心療内科にもつないでください。

リストカット以外の「自傷類似行動」も視野に

自傷というとリストカットがイメージされがちですが、現場で出会う形は多様です。背景にある「自分を傷つけてバランスを取ろうとする心の動き」は同じなので、バリエーションを知っておいてください。

  • 皮膚むしり症——にきびや傷をいじり続ける、顔・腕・指の皮を剥き続ける行動。「気づいたらやっていた」「やめられない」と感じている場合、自傷のスペクトラムに入ります
  • 抜毛症——髪、まつげ、眉毛を抜き続ける行動。緊張・不安が高まる場面で増えやすく、脱毛斑が目立つと自尊心がさらに低下します
  • 爪噛み・指噛み——重度の爪噛み、指の側面を噛み続けて出血する、口腔内を噛む。「癖だから」と軽視されがちですが、深刻化する前に対処が必要です
  • 頭を壁にぶつける、自分を叩く——癇癪と重なる場面もありますが、習慣化していると自傷として扱います
  • 食行動異常——「自分の体をコントロールできない苦しさを、食でなんとかしようとしている」点で自傷と重なります。リストカットと摂食障害が並存するケースは、現場でよく見られます
  • 過量服薬(オーバードーズ)——命に関わる深刻な自傷です。別記事「市販薬の大量服薬で運ばれてきた高校生Gさん」でも詳しく扱っています
  • 危険な行動——「死んでも構わない」「事故に遭えばラッキー」といった気持ちで危険を選ぶ行動も、自傷の一形態です

一つの行動を止めても別の行動に移ることがあるので、表面の行動だけでなく、背景にある心の動きそのものに、ご家族と専門家がアプローチしていく必要があります。

とくにリストカットと摂食障害が並存するとき、リストカットを抑えようとすると過食が増える、過食を抑えようとするとリストカットが増える、というシーソー現象が起こることがあります。このタイプは家庭での対応だけでは難しく、摂食障害も扱える専門医療機関で、複数の専門家がチームで関わることが必要です。

SNS時代の自傷文化と、親が知っておくべきこと

傷の写真がSNSで共有される——自傷を抱える人たちが匿名で集まるコミュニティがあります。「自分だけじゃない」と感じられる場所として機能している一方、刺激し合って自傷がエスカレートするリスクもあります。

「メンヘラ」「病み」文化への所属感——自傷を抱えていることが、特定の文化圏で「アイデンティティの一部」として受け入れられる現象があります。本人にとっては居場所として機能している面もあるので、ご家族が「そんなものに関わるな」と切断するのは逆効果になることがあります。

動画コンテンツの影響——自傷をテーマにしたコンテンツが流通しており、触れることでイメージを強化することがあります。把握できるレベルでフィルタリングするのは現実的に困難なので、「禁止」より「気持ちを話せる関係を作る」方向で。

一方で良い変化もあります。チャット相談、LINE相談、ピアサポートなど、深夜にひとりで苦しんでいる時間に、誰かと繋がれる手段が増えました。「あなたのいばしょ」のチャット相談などは、自傷を抱える若者が実際に多く利用しています。

ご家族の立ち位置は、「SNSを禁止する」のではなく、「本人が何を見ているか、どんなコミュニティに所属しているかに、適度な関心を持つ」こと。完全な監視は不可能ですし、本人の信頼を失うだけです。「最近、どんなアカウントをフォローしてるの?」と、雑談の中で軽く話題にする程度が、現実的なバランスです。

学校・きょうだい・夫婦——まわりを整える

学校との連携

本人の同意を取った上で、学校に何をどこまで伝えるかを話し合っておくと、いざという時の動きがスムーズです。伝える基本情報は、「現在通院していること」「危険のサインが出たらすぐ家庭に連絡してほしいこと」「体育の着替えなど、傷が見える場面での配慮」「保健室を安心できる場所として使えるようにしてほしいこと」「しんどくなったら早退できる仕組み」など。

本人が「知られたくない」と強く言う場合は、無理に伝える必要はありません。「全部か、ゼロか」ではなく、「どこまでなら共有していいか」を本人と話し合うのがコツです。なお、担任によっては自傷への知識が十分でなく、心ない反応に出会うことも残念ながらあります。そういうときは無理に担任に頼らず、養護教諭・スクールカウンセラー・特別支援コーディネーターなど、別のルートを探してください。

きょうだいへの配慮

きょうだいは、家庭内の緊張を敏感に感じ取っています。年齢に応じた説明を——小学生以下なら「お姉ちゃんは少し心が疲れていて、お医者さんに通っているよ」程度で十分。情報を伏せすぎると、想像で不安を膨らませることがあるので、適度な共有はむしろ安心につながります。

そしてきょうだいに「監視役」「世話役」を担わせないこと。「変なことしてないか確認してきて」と頼むと、きょうだい自身が責任を背負い、自分の人生を生きづらくなります。月に一度でも「きょうだいだけの時間」を意識的に確保してください。これが、きょうだいの自己肯定感を守る最低ラインです。

夫婦・家族の温度差

「お父さんは『そんなの根性が足りないだけ』と言う」「お母さんは過保護すぎる」——どちらが正しいということではなく、方針の不一致そのものがお子さまの混乱を生みます。夫婦で揃えておきたい最低限の方針は、①責めない ②やめさせるではなく代替を一緒に探す ③専門家につながるの3つ。これだけ揃っていれば、細かい対応に違いがあっても、本人にとっての安全基地は崩れません。

そして本人がいないところで、夫婦で話す時間を定期的に持つこと。「今週はこんなことがあった」「次の波が来たらどう動くか」を、感情的にならない時間に話しておくと、いざという時の連携が崩れません。祖父母世代に伝えるときは、「心が辛くて自分を傷つけてしまうことがある」「お医者さんと一緒に治療している」「今は責めるのではなく、見守ってほしい」と、お願いベースで伝えるのが現実的です。

親自身のセルフケアと、感情の扱い方

お子さまの自傷を支えるご家族は、想像以上に消耗します。気を張る場面が多すぎて、ご家族自身のメンタルが先に倒れることがあります。

  • 睡眠を死守する——睡眠が削られると判断力もメンタルも一気に崩れます。配偶者と「夜は交代で見守る」体制を作るか、必要なら主治医に相談を
  • 同じ立場の人とつながる——家族会、SNSのコミュニティ、オンラインの相談グループ。「うちだけじゃない」という体験が、孤立感を解きます
  • カウンセリングを使う——お子さまのことだけでなく、ご家族自身の人生も整理する機会になります

深夜に不安が強くなるご家族には、24時間対応の電話相談やチャット相談を予め知っておくことをおすすめします。「深夜の不安を24時間相談できる窓口」もご参考にしてみてください。もし読書する余裕すらないほど疲れているなら、耳で聴く育児書という選択肢もあります。「Audibleで耳で読む育児書」もご覧ください。

「揺れる感情」を本人にぶつけないための技法

  • 感情を外に出す場所を決める——寝室、お風呂、車の中など「感情を出す場所」を決めておく。場所と感情を結びつけておくと、本人の前で感情が漏れにくくなります
  • 5秒ルール——動揺を感じたら、心の中で5秒数えてから次の言葉を返す。たった5秒ですが、反射的な「なんで!」「ダメでしょ!」を抑えるのに十分です
  • 後から書く——話したあと、感じたことを紙に書き出す。誰にも見せなくていい、書き終わったら捨てていい
  • 身体を動かす——散歩、ジョギング、家事を激しくやる。感情はエネルギーなので、身体を動かすことで代謝されます
  • 役割を脱ぐ時間を持つ——「親として」は冷静でいなければいけない場面でも、「ひとりの人間として」は泣いていいし、怒っていい

入院・心理療法・薬物療法——専門的な治療

入院を考える目安は、自傷の深さや頻度が急激に増している/「死にたい」という言葉が混ざる/家庭での安全確保が難しい/ご家族のメンタルが限界に近づいている/外来だけでは改善が見えず薬物療法の調整が必要/食事・睡眠・生活リズムが大きく崩れている、といった場合です。

入院は「家庭が失敗したから」ではなく、「本人とご家族の両方が一度休むための場」として機能します。「入院させるなんてかわいそう」「親として失格」と感じるご家族も多いのですが、現場で見ていると入院が転機になって関係が立て直されるケースは少なくありません。「選択肢として持っておく」だけでも、ご家族の心理的余裕が変わります。

代表的な心理療法

  • 認知行動療法(CBT)——「学校で発表がうまくいかなかった→自分はダメ→死にたい」という思考の流れを、「うまくいかなかった→次はこうしてみよう」と書き換える練習を繰り返します
  • 弁証法的行動療法(DBT)——感情調整スキル、対人関係スキル、苦悩耐性スキルをグループで学びます。「冷たい刺激で気をそらす」「呼吸法で落ち着く」など、現場で使えるスキルを増やしていきます
  • 家族療法——家族の中のコミュニケーションパターン、暗黙のルール、世代を超えた繰り返しを見直します
  • マインドフルネスベースの療法——「今、ここ」に意識を向ける練習で、感情の波に流されにくくなります

主治医に「家庭で取り組めるトレーニングはありますか?」と尋ねてみると、推奨される本やアプリを紹介してもらえることがあります。

薬物療法について

薬は「性格を変える」ものではなく、「波の高さを少し下げる」ものです。これだけで自傷が完全に止まるわけではありませんが、波が低くなることで、心理療法や家族の関わりが効きやすくなります。

薬を勧められたとき、納得して始めるために尋ねたい3つの質問があります。「この薬で期待できる効果は何ですか?」「主な副作用と、出たときの対処は?」「どれくらいの期間飲むイメージで、やめるときはどうしますか?」。子どもへの向精神薬の使用には慎重な判断が必要ですが、「薬を完全に避ける」ことが必ずしも本人のためになるとは限りません。苦しさが続いて勉強や友人関係が崩れていく方が、長期的なリスクが大きいこともあります。

長期的な回復のイメージ

自傷からの回復は、短期で結果が出るものではありません。月単位、年単位で、少しずつ波が減っていくものとイメージしてください。

  • 第1ステージ:「気づいてもらえた」——責められず、受け止められた経験を持つ。ここで「ここは安全」と感じられるかが、その後の起点になります
  • 第2ステージ:「代替手段を試す」——最初は週に一度成功するかしないか、というレベルでも、「やれた経験」が自信になります
  • 第3ステージ:「感情を言葉にできる」——言葉になった感情は、行動に出すしかない感情より、ずっと扱いやすくなります
  • 第4ステージ:「自傷の頻度が下がる」——完全になくならなくても、頻度と強度が下がれば、十分な回復です
  • 第5ステージ:「過去を語れる」——傷跡を恥じるのではなく、「あの頃の自分を生かしてくれた行動」として捉え直せるようになります

各ステージを移るのに数ヶ月〜数年かかり、途中で後戻りすることも珍しくありません。「上がったり下がったりしながら、長期で見ると上がっている」——このグラデーションを信じて、長期戦を覚悟することが、ご家族にとっての最大の備えです。

なお、進路が決まるタイミングで自傷が増えることがあります。受験、就職、一人暮らしの開始——「環境が変わる」というだけで大きな負荷になるからです。一方、進路が落ち着くと自然に減るケースもあります。新しい環境で居場所が見つかると、過去の対処法に頼らなくなる——現場でしばしば見られる回復のパターンです。大学進学・一人暮らしを始める場合は、引っ越し前に紹介状を書いてもらい、新天地のクリニックの初診予約を入れておくという予防的な準備をしておくと、本人が一人になっても孤立せずに済みます。

緊急連絡先

  • 救急(119):傷が深い・止血困難・意識低下・大量服薬
  • #7119:救急要否の相談(24時間対応の地域あり)
  • いのちの電話:0570-783-556(10〜22時)/フリーダイヤル 0120-783-556(毎日16〜21時、毎月10日は8時〜翌朝8時)
  • よりそいホットライン:0120-279-338(24時間無料)
  • こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556
  • チャイルドライン:0120-99-7777(18歳までの子ども向け)
  • 24時間子供SOSダイヤル:0120-0-78310
  • あなたのいばしょ:webサイトから24時間チャット相談
  • 児童相談所虐待対応ダイヤル:189(24時間)
  • 精神科救急情報センター:各都道府県に設置(地域名+精神科救急で検索)

迷ったら、まず電話してください。「呼ぶほどじゃないかも」と感じている時点で、相談する価値があります。電話の方が「これは119を呼ぶ案件」「これは様子を見て大丈夫」と一緒に判断してくれます。

よくある質問

Q1. 見つけた瞬間どう反応する?

「これ、どうしたの?」と落ち着いて聞く。「ダメ!」と叫ばない。「気づいたよ。怒ってないよ」「ずっと一人で抱えてたんだね」「話せるときに話してくれていいよ」など。すぐ全部聞き出そうとしなくて構いません。「ここに話してもいい」と感じてもらうことが、最初のゴールです。

Q2. すぐ受診すべき?

はい、できるだけ早く(その週のうちに)。傷の手当ても兼ねて、まず小児科や皮膚科でも構いません。児童精神科は初診まで1〜3ヶ月待ちのことが多いので、「すぐ予約だけ取っておく」のが鉄則です。地域の発達支援センター、保健センターでも初動の相談に乗ってくれます。

Q3. 学校に伝えるべき?

本人の同意を取った上で、養護教諭やスクールカウンセラーに伝えると、見守りが手厚くなります。本人が嫌がる場合は無理に伝えなくてもいいですが、「危険なサインがあれば連絡してほしい」と最低限のお願いをしておくと安心です。担任ではなく養護教諭やSCに伝えるルートを選ぶと、本人の心理的負担が減ります。

Q4. 刃物などを隠すべき?

家庭内で目に見える刃物・薬剤を遠ざけるのは、現実的な対応です。「信頼していないわけではないけど、念のため」と本人に伝えて、一緒にやるのが望ましい形。隠すより「環境を整える」と捉えると、本人の自尊心を守れます。完全に隠すのは難しいですが、衝動的な自傷の際に「探す」というワンクッションが入るだけでも、ブレーキになります。

Q5. 親も傷つきます

当然です。子どもの傷を見るのは、親にとって心を切り裂かれる体験です。親御さん自身も、心療内科やカウンセリングで自分の心をケアしてください。「親が無事でいる」ことが、子どもを長期的に支える前提です。配偶者、親しい友人、同じ立場の親の会など、安全に話せる場所をいくつか持っておきましょう。

Q6. 跡が残ることへの本人の悩みにどう答える?

「跡なんて気にしなくていい」と否定するのは、本人の気持ちを軽く扱うことになります。「跡が残ったの、気になるよね」「将来どうするかも、一緒に考えていけるよ」と、まずは気持ちに寄り添ってください。形成外科での治療、医療レーザー、コンシーラーなど、現実的な選択肢は時期が来てから話し合います。

Q7. 虐待していたわけじゃないのに、なぜ?

自傷の背景は虐待だけではありません。学校の人間関係、発達特性、家族関係の些細なすれ違い、生まれ持った気質、思春期のホルモン変化——複数の要因が複雑に絡み、「親のせい」と単純化できる現象ではありません。自責の念で動けなくなるより、「今ここから何ができるか」に意識を向ける方が、お子さまの回復には役立ちます。

Q8. 何年も繰り返している場合、もう手遅れ?

手遅れということはありません。10代後半から20代でも、自傷が長期化していたケースの回復は数多く見ています。「いつから始めても、回復のプロセスは始められる」。今日からでも、「責めない」「代わりを探す」「専門家につなぐ」の3つを試してみてください。

今夜これだけ

もし傷に気づいたら、今夜は理由を聞かず「痛かったね」とだけ伝えてみてください。責めないと決めることが、次に話してもらえるかどうかを分けます。

まとめ|「責めない」が、何より長く効く

Dさんが教えてくれたのは、「自傷の向こうには、生きようとしている本人がいる」ということでした。リストカットは、死ぬためではなく、生きていくための処理。痛みでぐちゃぐちゃの感情を一旦止めて、明日を迎えるための、本人なりの必死の対処です。

傷を見つけた瞬間、ご家族の心は揺れます。それは自然な反応です。でも、その動揺を本人にぶつけずに、「話してくれてありがとう、一緒に考えよう」から始めてください。それだけで、お子さまの中の「ひとりじゃない」が少し育ちます。

専門家を頼ること。家族だけで抱え込まないこと。これだけは、絶対に忘れないでください。そして、ご家族自身のケアも忘れずに。あなたが倒れたら、お子さまを支える土台がなくなります。

最後にお伝えしたいのは、「あなたが完璧な親である必要はない」ということです。動揺してしまった日があってもいい。つい責めてしまった夜があってもいい。明日また「責めない」を選び直せばいい。そうやって何度も選び直しながら、ご家族とお子さまの関係は少しずつ育っていきます。「今日70点で続けたら、半年後に景色が変わる」——現場で繰り返し見てきた事実です。

参考にした公的情報・一次情報

記事内の制度・相談先・健康情報は、以下を2026年8月15日に確認しています。

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著者プロフィール

星野レン(ほしの れん)
2018年4月から看護師として勤務(2か月のブランクあり)。2021年4月から児童思春期精神科病棟に携わっています。自傷行為、不登校、発達障害、思春期のメンタル不調を抱えるお子さまとご家族のケアに従事。現場で得た知見を、家庭で応用できる形で発信しています。本記事のような体験談は、特定のお子さまの単独エピソードではなく、現場で繰り返し出会ったパターンを再構成した「典型像」として描いています。ご家族が「うちの子に近いかも」「このセリフ、聞いたことがある」と重ねていただける部分があれば、書いた甲斐があると感じます。


免責事項

本記事は児童思春期精神科での臨床経験をもとにした体験談で、特定のお子さま・ご家族の事例を直接記したものではありません。複数の現場経験を再構成し、本人および関係者が特定できない形に配慮して執筆しています。医療的な診断・治療方針を示すものではありません。自傷行為は精神医学的な対応が必要な症状です。お困りの場合は、必ず児童精神科・心療内科・精神科を受診してください。緊急時は救急(119)にご連絡ください。

【医療に関する免責事項】

本記事は、児童思春期精神科での看護経験に基づいた一般的な情報提供を目的としています。医療行為・診断・治療の代わりとなるものではありません。お子さんの心身の状態にご不安がある場合は、必ず主治医・かかりつけ医・スクールカウンセラー・地域の相談窓口など、お子さまを直接見ることのできる専門家にご相談ください。詳細は免責事項をご確認ください。

🌙 つらいとき、ひとりで抱えないでください
お子さん本人も、親御さんも使える相談窓口です(無料・匿名OK)。
#いのちSOS:0120-061-338(24時間365日)
よりそいホットライン:0120-279-338(24時間)
24時間子供SOSダイヤル:0120-0-78310(24時間)
チャイルドライン(18歳まで):0120-99-7777(毎日16〜21時)
児童相談所相談専用ダイヤル:0120-189-783(24時間)/虐待の心配は189
命に関わる危険があるときは、ためらわず119番へ。
出典:厚生労働省「まもろうよ こころ」(2026年7月確認)
児童思春期精神科の現場から
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