この記事の要点
- 親の身の安全が最優先。逃げることは見捨てることではない
- その場では言い返さず、距離を取って嵐が過ぎるのを待つ
- 体罰・突き放し・過剰な謝罪は、いずれも暴力を強める
- 刃物が出た、首を絞められたときは迷わず110番
- 背景に医学的な要因があることも。継続するなら受診を
子どもから暴言を浴びせられる、物を投げられる、叩かれる。外では穏やかなのに、家の中でだけそうなる。誰にも言えないまま、一人で耐えている保護者の方がいます。
児童思春期精神科の病棟で働く看護師の星野レンです。2018年4月から看護師として勤務(2か月のブランクあり)。2021年4月から児童思春期精神科病棟に携わっています。この記事では、その場でどう動くか、背景に何があるか、どこに相談できるかを整理します。まず、いちばん大事なことからお伝えします。
先に確認してください|親の身の安全が最優先
次のいずれかがあるときは、話し合いや説得より先に、その場を離れてください。
- 叩かれている、蹴られている
- 物を投げつけられて怪我をした
- 髪を引っ張られる、首を絞められる
- 刃物や危険物を持ち出される
- 「殺す」と言われる
- 感情のコントロールが完全に効かなくなっている
身の危険を感じたら110番です。「子どもを警察沙汰にしたくない」という気持ちは分かりますが、警察はその場で連行するわけではありません。状況を見て、クールダウンを促す、関係機関につなぐといった対応をしてくれます。親が怪我をしてしまえば、その後の支援も続けられなくなります。
- 警察:110(身の危険があるとき)
- 児童相談所:189(いちはやく・24時間・無料。「暴力で困っている」と相談できます。子どもを取り上げる機関ではなく、家族を支える機関です)
- よりそいホットライン:0120-279-338(24時間・無料)
- いのちの電話(フリーダイヤル):0120-783-556(毎日16〜21時、毎月10日は8時〜翌朝8時・無料)/ナビダイヤル:0570-783-556(10〜22時)
- お住まいの女性相談センター・配偶者暴力相談支援センター(一時避難の相談ができます)
その場でやってはいけない八つのこと
| NG対応 | 何が起きるか |
|---|---|
| 怒鳴り返す | 火に油。興奮が増し、暴力がエスカレートする |
| 叩いて抑え込む | 「暴力はいけない」の説得力が消える。暴力で解決してよいと学習する |
| 過去を持ち出す | 「いつもそう」「前も」は人格の否定として届く |
| きょうだいと比べる | 自尊心を傷つけ、家族関係も悪化する |
| 泣き崩れる | 「自分のせいで親がこうなった」という罪悪感が、新たな攻撃性になる |
| 「もう知らない」と突き放す | 見捨てられ不安を刺激し、暴力が強まる |
| 過剰に謝る | 「親を支配できる」と学習させ、暴力が強化される |
| 機嫌を取る(好物・買い物) | 暴力に報酬を与えることになる |
その場で親ができる六つのこと
① 物理的に距離を取る。別の部屋に行く、外に出る、車に避難する。「置いていくのは無責任では」と思われるかもしれませんが、親が怪我をしたら何も守れません。
② 沈黙する。言い返さないことが最も効きます。何を言っても、興奮している最中の言葉は届きません。
③ 嵐が過ぎるのを待つ。感情のピークは5分から30分ほどで下がります。それまでは何も話さず、何もしない。時間が対応そのものです。
④ 危険があれば一時避難する。別室、別の階、近所の店、実家、知人宅。どこでも構いません。
⑤ 一人で対応しない。配偶者や同居家族を呼んでください。一人だと冷静さを保ちにくく、物理的にも対処しにくくなります。
⑥ 通報も選択肢に入れる。身の危険があるとき、家具や家電が壊されるレベルのときは、ためらわないでください。
「逃げる」「離れる」は正当な選択です
暴力が激しく、保護者やきょうだいの安全が脅かされているとき、その場から逃げること、物理的に離れることは、間違った選択ではありません。
「親なのに子どもから逃げるなんて」と罪悪感を持つ必要はありません。安全を確保することは、その子を見捨てることではなく、その子を含めた家族全員を守る行動です。
深刻な暴力が続く場合には、一時的に離れて生活する選択肢もあります。医療機関への入院、施設の利用など、専門機関と相談しながら検討できます。これも見捨てることではなく、お互いの安全を守り、関係を立て直すための手立てです。一人で抱え込まず、相談してください。
暴言・暴力の裏にあるもの
落ち着いてから読んでいただきたいのが、ここから先です。
現場で関わってきた子どもたちが暴力の後に語るのは、たいてい「うまく言えなかった」という言葉です。伝えたいことがあるのに、言葉が追いつかない。分かってもらえないと感じた瞬間に、手や声が出る。攻撃そのものが目的ではないことが、ほとんどです。
背景にあるのは、助けを求める気持ち、自分でも扱いきれない感情、これまで溜め込んできた消耗です。それを「本当は甘えたいのだ」と単純化するつもりはありません。ただ、行動の奥に言葉にならなかったものがある、という前提を持っておくと、対応の向きが変わります。
「家族にしか出さない」のはなぜか
学校では問題なく過ごし、家に帰ってから荒れる。この落差に苦しむご家庭は多くあります。
これは、家庭が安全な場所だからこそ起きます。外で保っている分の負荷を、唯一気を許せる場所で解放している。つらい話ですが、家族が信頼されている証拠でもあります。
ただし「信頼の証だから耐えましょう」ということではありません。外での負荷が大きすぎるというサインでもあるからです。学校での様子を担任や養護教諭に確認し、外側の負荷を減らせないかを考える必要があります。思春期の子と会話が続かないときの記事も参考にしてください。
きっかけを記録すると見えてくる
暴力は突然起きているように見えて、多くの場合きっかけがあります。記録を取ると、そのパターンが見えてきます。
書くのは三つだけで十分です。起きた時刻、直前に何があったか、その日の睡眠。二週間ほど続けると、「夕方に多い」「予定が急に変わった日に出る」「寝不足の翌日に集中している」といった傾向が浮かびます。
傾向が分かれば、先回りできます。予定の変更は前日に伝える、夕方に用事を入れない、といった調整で回数が減ることは珍しくありません。この記録は、受診したときにもそのまま使えます。
背景にある医学的な要因
暴言や暴力が続く場合、背景に医学的な要因があることがあります。
- 発達の特性:衝動のコントロールが難しい、こだわりを妨げられたときのパニック、感覚の過敏さによる不快感、感情を言葉にすることの難しさ
- 二次的な不調:特性のある子が環境のストレスにさらされ続けた結果として、抑うつや不安、反抗的な態度が強まることがあります
- 気分の不調:うつ状態では、落ち込みではなくいらだちや怒りっぽさとして出ることがあります
- 体の要因:睡眠不足、栄養の偏り、思春期のホルモンの変化、服薬の影響
これらは家庭の関わり方だけで解決するものではなく、医学的な対応が有効な場合があります。「育て方の問題」と抱え込まず、相談してください。判断は必ず医師にご相談ください。
落ち着いた後に話すこと
嵐が過ぎたら、その日のうちか翌日に短く話します。ここでの目的は、反省させることではなく、次の手を一緒に決めることです。
順番は、安全の確認 → 気持ちの確認 → 次の約束です。「怪我はない?」から入り、「あのとき、何が嫌だった?」と聞き、「次に同じ気持ちになったらどうする?」と一緒に考えます。責める言葉を挟むと、そこで対話が終わります。
本人が謝ってきたら、受け取ってください。ただし「もう二度としない」という約束は求めないほうがよいと思います。守れない約束をさせると、次に破ったときの落ち込みが大きくなります。
日常でできる予防
- 睡眠を最優先にする。寝不足の日は、明らかに起きやすくなります
- 予定の変更は前日までに伝える
- 指示は一度に一つ。重ねると処理が追いつきません
- 穏やかな時間に肯定的な関わりを増やす(注目を得るための攻撃が減ります)
- 家の中に、一人になれる場所を用意する
- 危険な物(刃物・重い物)を目につく場所に置かない
最後の項目は、備えとして大切です。とっさに手が伸びる場所に危険な物がないだけで、結果が変わることがあります。
親自身のケアと相談先
暴力を受け続けると、保護者の心は確実に削られます。「自分さえ我慢すれば」で乗り切れる話ではありません。
相談先は複数あります。学校のスクールカウンセラー(保護者だけでも相談できます)、自治体の子ども家庭支援センター、児童相談所(189)、かかりつけの小児科や児童精神科。どこか一つでも、外部とつながっておいてください。
眠れない、食欲がない、気分の落ち込みが続く。こうした状態が2週間以上あるときは、保護者の方自身が受診してよいのです。子どもの受診に付き添う立場であっても、自分が患者として相談することは何の妨げにもなりません。
現場から|壁を殴っていた子が言ったこと
※個人が特定できないよう複数のケースを合成し、状況を抽象化しています。
中学2年の子が、家で壁を殴り、母親に物を投げるようになり、入院に至りました。学校では「おとなしい子」で通っており、担任は状況を知って驚いたそうです。
入院してしばらく経ったころ、その子が言いました。「殴ってるとき、自分でも止められない。あとで、めちゃくちゃ後悔する」。そして「お母さんに怪我させたくない」とも言いました。
暴力をふるっている本人が、いちばんそれを止めたいと思っていることがあります。「反省していない」と見えていた態度は、後悔を見せられない不器用さでした。
この子の場合、睡眠の乱れを整え、感覚の負荷を減らす調整をしたことで、家庭に戻ってからの回数が減っていきました。時間はかかりましたが、変わらないものではありませんでした。
よくある質問
Q1. 警察を呼ぶと、子どもとの関係が壊れませんか
身の危険がある状況で耐え続けるほうが、関係を壊します。落ち着いてから「怖かったから呼んだ」と正直に伝えてください。理由が伝われば、関係は戻ります。
Q2. きょうだいが怯えています
きょうだいの安全と心のケアも同じくらい大切です。避難できる部屋を決めておく、暴れているときは別室に行くと約束しておく。そして落ち着いた後に、その子の話を個別に聞く時間を取ってください。
Q3. 父親が力で押さえ込もうとします
力での制圧は、一時的に収まっても長期的には暴力を強めます。夫婦で対応を統一することが必要ですので、可能であれば一緒に相談機関へ行ってください。第三者から説明されるほうが伝わることがあります。
Q4. 受診させたいのですが、本人が拒否します
保護者だけで相談に行けます。暴力の状況を伝えれば、家庭でできる対応や、本人を連れてくる方法についても助言をもらえます。親だけの相談から始まるケースは珍しくありません。
Q5. 物を壊されて、経済的にもつらいです
修理を急がず、壊れたままにしておくご家庭もあります。直すたびに壊されると消耗が大きいためです。安全に関わるもの(ガラス・刃物)だけを優先して対処してください。
Q6. いつか収まりますか
形は変わっていきます。成長とともに言葉で表現できるようになり、頻度が下がることは多くあります。ただ「待っていれば収まる」ものでもありません。背景に対応しながら時間を味方にする、という考え方になります。
今夜これだけ
今夜、避難する場所を一つ決めておいてください。別の部屋でも、車でも構いません。次に起きたとき、考えずに動ける場所があるだけで、対応が変わります。
看護師視点でのまとめ
まず、親の身の安全が最優先です。刃物が出た、首を絞められた、殺すと言われた。こうした状況では、迷わず110番してください。逃げることは、その子を見捨てることではありません。
その場では言い返さず、距離を取り、嵐が過ぎるのを待つ。話すのは落ち着いてからです。順番は、安全の確認、気持ちの確認、次の約束。反省させることを目的にしないでください。
そして、暴力の背景には医学的な要因があることがあります。育て方の問題として抱え込まず、児童相談所(189)や医療機関に相談してください。暴力をふるっている本人が、いちばんそれを止めたいと思っていることが、現場ではよくあります。診断や治療の判断は必ず医師にご相談ください。
参考にした公的情報・一次情報
この記事の内容は、以下の公的機関・一次情報を2026年8月15日に確認したうえで、家庭で実行しやすい形に整理しています。


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